第17話「涙が止まるまで」

 朝食の後、私達はアドラステアとアイリス、カラボと相談し、2日後にギルドを旅立つことにした。本当は、メンバーでもないのにこうして寝床や食事を用意してもらうことが申し訳なくて、もっと早く旅立とうと思っていたのだけれど、「せめてジギルの傷が癒えるまではここに居なさい」と、アドラステアは優しく受け入れてくれた。


 それならせめて何か力になりたいと言うと、カラボは、

 「それなら、荒野のパトロールを手伝ってもらうのはどうじゃで。ジギルは強いし、ミーナも魔法譜を使えば、自分の魔力を知るいい機会になろうて」

 と、私達に提案してくれた。

 「パトロールって?」

 ジギルがきょとんとしていると、アドラステアは少し微笑んで説明してくれた。

 「スラーノ王国の中でも、ここら辺の荒野は人攫いや盗賊、狂暴なモンスターが多いからね。人や環境への被害を防ぐために、勝手に見張っているんだよ。カラボやアイリスがやっていただろう?彼らはベテランだから単独行動する事もあるけれど、基本的にはチームを組んで巡視しているのさ。アイリス、今日の巡視、二人をお願いしてもいいかな」

 「はい、構いませんが…、ナトラを連れて行っても良いですか?」

 「ナトラを?良いけど、どうして?」

 ナトラという人物の名前が出ると、アドラステアは横に立つアイリスの顔を見上げて首を傾げた。

 「あ、あの子はジギルと相性がいいかと思いまして…。魔法を補い合える風属性ですし、性格的にも…その、良い刺激になるかと」

 アドラステアから見つめられたアイリスは何故か目を逸らして、少しもじもじしながらそう言った。

 「…確かに。それに、彼にとっても良い機会かもしれないね」

 アドラステアはそこまで話すと、大きなあくびをした。やっぱり、朝には弱いらしい。

 「巡視までまだ時間もあるし、二人でミーナとジギルに装備を用意してあげてよ。僕はちょっと、休もうかな…」

 アドラステアがそう言うと、カラボとアイリスは困ったように笑って、私達を部屋から連れ出してくれた。


 「いつもはな、アドラステアは昼間まで寝ておるんじゃで。だらしないじゃろう」

 カラボが私達にひそひそとそう教えてくれた。

 「もっと完璧な人なのかと思ってた」

 私がそう言うと、カラボはガハハハハと笑って、「そうじゃろうで、そうじゃろうで」と、満足そうに頷いていた。そんなカラボにアイリスは「アドラステアが目を覚ますでしょう!」と、更に大きな声で怒鳴っていた。

 「ところで、ナトラって誰だ?」

 アドラステアの部屋から訓練場に向かう途中で、ジギルがアイリスにそう尋ねた。

 「ナトラはストッパーのギルドメンバーだよ。年の頃はジギルと同じくらいで、風属性の魔力を持った子さ。腕はそこそこ良いんだけれど、魔法が使える事を鼻に掛けて、同じ年代の友達が居ないのが私達の悩みの種でね…。風属性は地属性と相性が良いし、ジギル、友達になってあげてくれないかな」

 アイリスは穏やかにそう答えた。


 しかしジギルは、足を止めて俯いたまま、地面を見つめていた。


 「良いけど、オイラ魔物だから嫌われないかな…。そのナトラってやつも、かーちゃんやとーちゃんを魔物に殺されたんだろ?…やっぱり、オイラ、早く居なくなった方が、いいんじゃねぇかな」


 ジギルは目を伏せたまま、少し悲しそうにそう呟いた。


 「ジギル」


 私は足を止め、ジギルの手を握って彼の目を真っ直ぐに見つめた。


 「ナトラの家族を襲ったのはジギルじゃない。ギルドの人達の大切な人を襲ったのも、きっとジギルじゃない。ジギルは私と会った時、人を傷つけていたけれど、それはジギル自身を守る為だよ。人間を食べたのも、ジギルが生きる為だよ。カラボやアイリスも動物を食べるし、私も花を摘むよ。だからお祈りをするんだって、アドラステアが言っていたでしょう。だからジギル、お願いだから、自分を責めないで」


 私がそう言うと、アイリスがそっとジギルを抱きしめてくれた。カラボもその隣でジギルを優しく見つめている。

 「誰もお前さんを責めちゃおらんのじゃで。ジギル」

 「ジギルがこのギルドに来てくれたことは、きっと偶然じゃない。必ず私達にとって、世界にとって、大きな意味がある。私はそう信じているよ。だからほら、泣かないで」

 アイリスがそっとジギルの丸い瞳をぬぐった。


 「…オイラ頭悪いから、やっぱり分かんねぇ。どうしたらいいか、全然分かんねぇ」

 「良いんじゃで、それで。これから広い世界を見つめて、自分で答えにたどり着けば良いんじゃで」

 カラボがそう言ってジギルの頭を撫でてくれた。


 私達はそうして、ジギルの涙が止まるまで、彼の側にいた。

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フラワーガール 44 @Ghostshishi

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