第16話「一緒に」

 〝ストッパー〟の朝食の時間、私は一人で訓練場に居た。ジギルはカラボやアイリスと一緒に朝食を食べに行っている。アドラステアはどうやら、調べ物をしに部屋に戻ったらしい。


 私は「現在地イグジスト」の魔法譜を手に持ち、もう一度その魔法を発動させた。譜面はたちまち白色に光りだして、この世界の地図と、私が今居る場所を示した。魔法譜を畳むと、譜面の効果が切れ、地図が消滅する。


 〝白は未だに解明されていない属性、そして聖域『エデン』を囲っている、神が創ったとされる結界の色だ〟


 アドラステアはそう言った後、神妙な面持ちで「今日はここまでにしよう」と、魔法の鍛錬を切り上げた。しかしすぐに穏やかな表情に変わって、

 「ミーナ、心配はいらない。君の魔法は確かに未解明だが、きっと不吉なものではないよ。この先何か困ったことがあっても、私達は仲間だ」

 と、肩に手を添えてそう言ってくれた。


 属性が未解明な以上、私が自発的に発動できる魔法の効果も不明で、危険な結果になる可能性もあるからと、私の魔法の鍛錬は魔法譜の使い方を知る事だけだった。それ自体はとても簡単で、手に持てば魔法が発動する。それだけだった。


 ここで私に出来る事はもう無い。


 私は何故か、自分は聖域エデンに行かなければならないような気がしていた。


 ジギルはもう少し、ここに居たいと言うだろうか。

 このギルドのメンバーに受け入れてもらえた以上、ここで生きていく事も可能だし、世界中とは言わなくても、ここなら広い地域の物産を手に入れる事も不可能ではない。


 もう私と共に旅をする理由は無いかもしれない。


 私は、自由に。


 ジギルは、世界の美味しい物を食べる為に。


 私一人でやっていける気は全然しないけれども、彼はどう考えているのか、聞いてみなければ分からなかった。


 「ミーナ、ご飯持って来たぞ」

 物思いに耽っていると、当のジギルが思いの外早く訓練場に戻ってきた。

 ご飯を持って来たと言うので、てっきり私の為の花だけだと思ったら、彼は自分が食べるであろう野草のスープとパンを一切れ、両手と尻尾で器用に抱えて運んできた。

 「昨日のご飯はいっぱいだったから覚悟してたんだけど、今朝のご飯はちょっとしか無かったぞ。いっつもはこんなもんなんだってさ」

 ジギルはそう言って、私の隣に座った。

 「ミーナ、花、食べない?」

 そう言って私に花を差し出してくれた。荒野で逞しく育つ真っ赤なサボテンの花だった。

 私はジギルにお礼を言って、二人でうろ覚えのお祈りをして、少し笑ってから、朝食にありついた。


 「ジギル、みんなと食べてるのかと思った」

 私がそう言うと、ジギルはキョトンとしていた。

 「なんで?オイラはミーナと食べるもんだと思ってたけど。それにギルドのオッサン達も「戻ってやれ~」って言ってたから、それで良いと思って。変か?」

 「ううん、変じゃないよ」

 そう言うとジギルは、不思議そうな顔をしていたけれども、パンを口に運ぶ内に、次第にそちらに夢中になっていった。


 「私、魔法の鍛錬も終わったから、もうすぐここを出ようと思うの。私の魔法の色と同じ結界が張ってある聖域エデンに向かえば、魔法の事ももう少し分かるかと思って。ジギルは、どうする?」

 私はサボテンの花を口に運びながら、熱いスープをヒィヒィ言いながら飲む(猫舌なのかな?)ジギルにそう聞いた。

 「ミーナが行くならオイラもそうする。サテライトにすっげー技教えて貰ったからな。これで昨日のロン毛もコテンパンだ」

 ジギルは、私の隣に居てくれるのがさも当たり前みたいに、簡単にそう言った。

 「良いの?ここの人はジギルにも優しいし、ここなら美味しい物、いっぱい食べれるよ?ジギルのやりたい事、ここで叶うよ?」

 我ながら意地悪だなと思いながらも、聞かずには居られなかった。もしかしたら、皆と朝食を食べに行ってしまったジギル達を、心のどこかで僻んでいたのかもしれない。

 だけどジギルはそんな私のばかな考えを吹き飛ばすように、


 「え?ミーナは色んなところに、オイラと一緒に行くんじゃないのか…!?」


 と、今まで見たことのない驚きの表情でそう言った。


 そういえばそうだ。

 彼は初めて会った時から、「オイラと一緒に行こう」と言ってくれていた。

 「ミーナ、オイラと一緒に行かないことにしたのか?」

 ジギルは本当に何を言われているか分からないというような顔でそう聞いてくる。


 ジギルは本当に心の綺麗な魔物だ。


 きっと彼の心に、この先何度も私は救われるんだろうなと、そう思った。

 それが嬉しくて、私はなんだか、胸がいっぱいになって、嬉しさから涙が零れた。


 「ううん、違うよ。ありがとうジギル。うん、一緒に行こう。ごめんね。ごめんねジギル」


 私は泣きながら彼に伝えた。


 嬉しかった。

 彼も、旅の理由も、二人で食べる朝食も、受け入れてもらえる事も、このギルドとそのメンバーも。

 今ここにある何もかもが嬉しかった。


 ジギルは「オイラは良いけど、何で泣いてるんだ?サボテンのトゲが痛いのか?」と、まだ冷めきらないスープを恐る恐る啜りながら、不思議そうな顔をして、私の隣に居てくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る