第15話「白い魔法」

 カラボに続いて地下のギルドを歩いていると、やがて昨日みんなで夕食を食べた大広間に戻ってきた。場所は同じでも、昨日とは打って変わって、早朝の大広間はヒッソリとしていて、冷水のような印象を受けた。「昨日のおじさん達はまだ起きていないの?」とカラボに尋ねると、カラボは「あいつらは今頃二日酔いじゃろうて」と、ため息混じりに答えた。


 「ミーナ、水場はこっちじゃで。この奥でジギルとアドラステアが今頃…どれどれ。おお、やっとるな」

 案内された水場でさっそく顔を洗っていると、水場の奥の訓練場を覗き込んだカラボがそう呟いた。顔を拭いて彼の後ろから覗き込むと、そこには岩肌の露出した広い空間があり、アドラステアとジギルが向かい合って何か話していた。カラボが二人に声をかけて近寄っていくと、二人はそろってこちらに振り向いたが、舌を出してゼェゼェ言っているジギルに対し、アドラステアは汗の一滴も垂らさず、涼しい顔をしていた。

 「やあ、ミーナ。おはよう。早いんだね」

 「うん、おはよう。アドラステアとジギルも早起きだね」

 私がそう返すと、アドラステアは苦笑いして「ははは、いやぁ…」と、答えを濁した。

 「オイラが起こしちゃったんだ。なんか、変な夢を見て、寝れなくなって。体を動かしたかったから誰か居ないか探してたら、なんか、大勢のギルドの人が集まってきちゃって」

 「このギルドには侵入者対策の探知魔法の魔道具があるでな。他所もんが勝手に動き回ると、門番やら守衛のメンバーが駆けつける仕組みになっておるんじゃで。お前さん達をまだ警戒しておるメンバーもおるでの。夜明けまで間もない頃じゃったから、アドラステアが朝食まで一緒に訓練場で付き合っておるんじゃで」

 「まあ、たまには早起きもいいものだよ」

 アドラステアは困り顔でそう言った。口ぶりからして、早起きはあまり得意ではないのかもしれない。

 「ところでミーナ。朝の集会まではまだ時間があるし、君も少し付き合わないかい?魔力を持っているのならば、簡単な魔法譜まほうふをいくつか試してみよう」

 「魔法譜?」

 聞き覚えの無い単語に私が首をかしげると、アドラステアは腰に括った麻袋から数枚の羊皮紙を取り出した。紙には黒いインクで書かれた不思議な模様が描かれており、文字の様にも、地図の様にも見えた。

 「〝魔法〟というのは幾つか方法があってね。己の肉体や魔法の杖を媒体に発現するものだけではなく、魔力を宿した〝魔道具〟による魔法の発現も手法の一つだ。特に〝魔道具〟は、魔力を持っていない人々でも魔法を発現させる事が出来るものも有るのが特徴だ。〝魔法譜〟は、魔道具の一つだけれど、これは魔力を持つ人間にしか扱う事が出来ない。ただし、魔力の持つ人間であれば、誰でも紙に記された譜面の魔法を発現させることができる。触ってごらん」

 アドラステアがそう言って、一枚の羊皮紙を差し出した。

 私がその紙を受け取り、両手の上に乗せると、紙に書かれた譜面がスゥ…と浮かび上がり。


 薄く儚い白色に、光り始めた。


 薄白色の光に変わった譜面はやがて一枚の絵の様に広がり、昨日アドラステアが私達に見せたものと同じ地図を映し出した。現在地であろうスラーノ王国の南東部に、赤い星が穿たれている。

 「わ、わぁ…!」

 目の前の不思議な現象に、私は感嘆の声を漏らしたけれど、正面で一連の現象を見ていたアドラステアは、なんだか難しい顔をしていた。

 「アドラステア…こりゃあ」

 カラボも神妙な顔をしている。

 「どうしたの?何か間違ってた?」

 不安になってそう尋ねると、アドラステアは少しの間、無言で何かを思案した様子だったが、私の手から静かに魔法譜を取り上げた。アドラステアが魔法譜を手の上に広げると、譜面が浮かび上がり、黄土色の光を放ちながら同じように地図を映し出した。


 「色が、違う…?」

 「ああ、そうだ。ジギル、君も持ってごらん」

 急に言われたジギルは不思議そうな顔をしながらも、アドラステアから魔法譜を受け取る。同じように譜面が浮かび上がり、アドラステアと同じ黄土色の光を放って地図を映し出す。


 「ミーナ、手始めに魔法譜を渡したのは、扱いが簡単だという理由と、もう一つ。魔力に反応した譜面の色で、使用者の魔力の属性を判断できるからだ。私とジギルは地属性の魔力を持っている。地属性は黄土。火属性は紅蓮。水属性は紺碧。風属性は深緑。光属性は眩金。闇属性は漆黒だ。だが、君の魔力の色は…」


 白。


 「白は、未だに解明されていない属性。そして」


 アドラステアは汗を一筋垂らしながら言う。


 「聖域『エデン』を囲っている、神が創ったとされる結界の色だ」

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