第14話「大きな背中」

 翌日。目覚めたとき、私は汗だくだった。


 何か変な夢を見た気がするけれど、よく思い出せない。


 昨夜は確か、アドラステアの話を聞いた後に湯浴みをして。その頃には私もすっかり眠くなってしまったので、アイリスに部屋まで案内してもらって雪崩れ込むようにもふもふベッドで眠ったのだった。慣れない寝床で悪夢を見たのかもしれない。だとすれば思い出せないままで良いと思った。


 部屋から出て、隣のジギルの部屋をノックする。今は何時なのだろうか。このギルドは地下なので外の明るさが分からない。もしかしたらまだ夜中なのかも、と考えていると、「おー、ミーナ!」と、カラボが通路の向こうから声を掛けてくれた。

 「おはようミーナ。早起きじゃで。朝飯まではまだ少し時間があるが、よく眠れんかったか?」

 「おはようカラボ。ううん、大丈夫。今、まだ朝早いんだね」

 「おお、そうか。時間が分からんのじゃな。えーっと今は、6時じゃで。この辺は丘や崖が多いから、外は今しがた太陽が見え始めた頃じゃで」

 カラボは右ポケットから懐中時計を取り出して、時間を教えてくれた。

 「ジギルはまだ寝てるのかな?」

 私がそう尋ねると、カラボは首を横に振った。

 「いやいや、あいつはとっくに起きとるで。アドラステアと訓練場で戦闘訓練をしておる。どうじゃで、ちょっと見に行かんか?」

 「訓練?」

 「そうじゃで。アドラステアもジギルと同じ地属性の魔導士じゃで。〝サテライト〟っちゅう異名も、アドラステアが使う強力な魔法の名前なんじゃで。顔はもう洗ったか?まだか?よしよし。水場は訓練場のすぐ横じゃで。案内しちゃろう。こっちじゃで」

 カラボはそう言って振り返りゆっくりと歩きだした。私はその後ろについて、何となくその後ろに続く。


 ふと、昨日の広場でのカラボの話を思い出して、私は彼に尋ねてみた。


 「ねえカラボ。カラボの家族のこと、聞いてもいい?」

 言ってすぐに、ちょっと無神経だったかなと思ったけれど、カラボは「おお、もちろんええぞ」と、明るい声で答えてくれた。


 「ワシは嫁さんと息子と三人で暮らしておってな。当時は鹿や野鳥を狙うハンターをやっておった。嫁さんは飯は美味いが、まぁ頭に血が昇りやすくてな。ワシも息子もよ~く怒鳴られておった」


 カラボは斜め右上を目を細くして見つめながら、ゆっくりと語る。


 「息子は光属性の魔法使いでな。名前はケルン。魔導士にはならず、ガラス職人をやっておった。ほれ、前に見せた〝プラネタル〟。あれはこの世に1つしかない、ケルンの最高傑作じゃで」


 視線は少しずつ右下へ移り、先ほどよりも低い声でカラボは続ける。


 「家族が襲われたのは寒い冬じゃった。ワシは狩りに出ておってな。家に着いたらこのギルドのメンバーが数人家を囲っておった。家族を喰ったモンスターは既に討伐されておったが、今でも鮮明に覚えておる。赤い瞳のラミアじゃった。知っておるか?下半身が蛇で、毒を持った魔物じゃで」


 そして彼は最後に、前に向き直って語りを続けた。


「もう15年も前になるか。それからワシはこのギルド〝ストッパー〟に所属して、こうして、生きているわけじゃで。ワシも色んな形の悲しみを目の当たりにしてきたし、何より時間も経った。今は恨みや憎しみなんちゅうもんよりも、アドラステアの言う〝希望〟が、いつか現実にならんかという気持ちになっておる。だからな、ミーナ。お前さん達はアドラステアだけではなく、ワシらにとっても〝希望〟なんじゃで」


彼はそう言って振り返り、ガタガタに並んだ歯を見せて笑った。


私はなんて言い返したら良いのか分からなくて、無言で見つめ返してしまったけれども、カラボは気にする事もなさそうにガッハッハッハと笑いながら、私に大きな背中を向けて歩き続けた。

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