第3話「カラボのサンドイッチ」

 呆気に取られているおじさんを二人で助けおこし、私達は近くの小さな洞穴に潜った。幸い、魔物や盗賊といった先客もおらず、おじさんはそこで火をおこし、自分の傷の手当てを始めた。


 「ワシの名はカラボじゃで。ギルドに所属しちょるハンターじゃで」

 私とジギルを襲撃したおじさんは、ジギルに引っ掻かれた右肩と右足に包帯を巻きながらそう名乗った。

 「いやぁ、すまなんだ。ワシはてっきりお嬢ちゃんが魔物に騙されて攫われてるもんだと思ってな。しかし、リザードマンよ、ホントに人を食わねえのか?ここにきてワシを騙す気じゃあるまいな?」

 「だから、オイラはもう人間なんて食わねえって」

 「まあ、そうじゃろうな。食うつもりならワシに襲いかかった時点で食ったじゃろうて。ああ、信じちょる、信じちょるよ」

 カラボはそう言いながら何度も頷き、包帯の端をギュッと縛って、服を元通り身に纏った。襲われた時に身に付けていた革の鎧はジギルにズタズタにされてしまったので、今はカラボの側に置いてある大きなリュックに、無造作に押し込められている。

 彼、カラボは、黒い顎鬚が特徴的なおじさんだった。背丈は私やジギルよりも遥かに大きく、腕や指も、私達のそれより太くしっかりとしていた。そして背中には、大きなライフルを担いでいた。


 「カラボは魔物を狩るハンターなの?」

 「ああ、そうじゃで。ワシの所属しちょるギルドは〝ストッパー〟っちゅうギルドでな。魔物しか狩らんのじゃで。そうじゃ、そういやお嬢ちゃん達、あんたら、名前は?」

 「私はミーナ。こっちの子はジギル」

 「そうかそうか。ミーナ、ジギル。聞きてえことは山ほどあるが、まず1つ聞かせてくれ」

 そう言うと彼は、さっきの銃撃で剥がれた鱗を見つめている(落ち込んでるのかな?)ジギルの方を向いて問いかけた。

 「ジギルよ。おめえ、リザードマンじゃろ?リザードマンなのに人間を食わねえってのは、一体どういうことじゃで」

 「ああ?だって、人間なんて不味いじゃんか。オイラはもっと美味い物が食いてえんだ」

 「人間が、不味いじゃと?ワシが今まで会ったリザードマンは、もっと獰猛で、好んで人間を襲っておったぞ?おめえ」

 「んー…、確かに、一族のみんなは人間を食べるけど、オイラは昔っから人間が美味しくなかった。それしか食い物なんてないと思ってたから諦めてたんだけど、この前ミーナに、なんだっけ、なんかスッゲー美味い物を食わせてもらって。だからオイラは、もうあんな不味い人間なんて食いたくねえんだ。それで今はミーナと二人で美味い物探しの旅をしてるんだ」

 「美味い物って…。ミーナ、こいつに何を食わせたんじゃで?」

 「普通のパンと、普通のチーズと、普通の干したベーコン」

 「ジギル、それが美味かったのか?」

 「ああ、スッゲー美味かった!もうあんなもん食ったら人間なんて食えねえよ!」

 ジギルは目をキラキラさせて、興奮気味に言っていた。そんなに美味しいものなのだろうか。

 それを見るカラボは、ほーお、と声を漏らして、側に置いてある大きなリュックをゴソゴソとあさり始めた。


 「ジギル。おめえ、サンドイッチ食ったことあるか?」

 「サンドイッチ!?ない!!美味いのか!!?」

 「ああ、美味いぞ。これにはフニルハイヴっちゅう町の有名な料理人から教わった秘密のドレッシングが入っていてな。そりゃーもうほっぺが落ちるくらい美味い。食ってみたいか?」

 カラボは少し意地悪にジギルの前でサンドイッチをかざして見せた。大きな鶏肉とレタスが挟まれたサンドイッチを、ジギルは尻尾をブンブンと振りながら、満月のような瞳で追っていた。

 最早言葉を放つ余裕はないらしい。カラボが「ほれっ」とジギルに向けてサンドイッチを放った瞬間、彼はヨダレを垂らしたまま、物凄い勢いでサンドイッチにかぶりついた。しかし、鼻息を荒く鳴らしてサンドイッチを頬張っていた彼だが、少しすると、急に目を見開いて叫んだ。


 「なんだこれ!?舌が痛え!!美味えのに痛え!!でも美味え!!カラボこれなんだ!!?」

 「はっはっはっはっは!!そりゃ〝辛い〟って言うんじゃで。唐辛子っちゅう、この辺にはない調味料を使った特性ドレッシングじゃで。美味いだろ!ほれ、ミーナも1つ食ってみい」

 「あ、私は…」

 「なぁに、遠慮はいらん。急に銃なんぞ打ち込んだ侘びじゃで」

 「いや、そうじゃなくて、あの…。ごめんなさい。私、普通の食べ物が、その。た、食べられ、なく、て」

 「食べられないじゃと?ミーナ、おめえ、なんかの病気か?」

 「いや、病気じゃなくて…でも、病気、なのかな。私、ちょっと、変…だから…」

 ダメだ。また悲しくなってきた。カラボにうまく伝えられない。私は、まだ、自分を受け入れきれていない。

 どうしよう、カラボは私の次の言葉を待っている。何か言わなきゃ、でも何て言えば。私は異食病。見世物で。花しか食べられない。


 そんな女の子なんて、気持ち悪い。


 私は完全に言葉に詰まってしまった。何も言えない。ただ、カラボの目を見つめ返すことしかできなかった。そんな私の顔を見て何かを察してくれたのか、カラボは


 「まあ、事情があるなら無理には…」


 と、言いかけたとき。


 「おい!ミーナを困らせんなよ!カラボ!」


 口元に薄赤色のドレッシングをつけたジギルが、少し怒った口調でカラボの声を遮った。


 「ジギル…」

 「大丈夫か?ミーナ」

 「うん、大丈夫だから…」

 そんなやり取りを見ていたカラボは、心底驚いたというような顔をしていた。

 「…カラボ?」

 「ジギル、おめえ…。今、ミーナの為に怒ったのか?」

 「ん?そうだぞ」


 「おめえら、ワシらのギルドに来てくれんか」


 急に真剣な顔になって、カラボは立ち上がった。

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