第2話「夜の狩人」

 スラーノ王国南東に位置する荒野地帯は盗賊団や魔物が多く、まともな人間ならば夜に外を出歩くことなど絶対にしない。ましてや少女一人と少年一人が夜道を歩こうものなら、たちまち人攫い等に捕まってしまうだろう。

 というのになぜ私がこの荒野地帯を二晩も無事に歩けているのかといえば、共に歩いている少年が何を隠そう魔物そのものだからである。名前は〝ジギル=リザードマン〟リザードマンという種類の中級の魔物らしい。

 頬や腕の鱗を月明かりにギラギラと光らせ、大きな尻尾を引きずりながら歩く彼は元食人種の魔物であり、そこら辺の盗賊や下級の魔物など太刀打ちできないような力を持っている。一度、寝座にしようと入り込んだ小さな洞窟で下級の苔の魔物に遭遇したのだけれど、その魔物はジギルがリザードマンだと知った途端、一目散に逃げ出してしまった。

 そんな彼の隣にいる私が食べられてしまうのは時間の問題のように思われるけれども、実はそんなこともない。先にも告げたように彼は〝元〟食人種であり、現在は人間を好んで食べることをしない。そしてなにより、『私を食べない』という約束を交わしているのだ。

 魔物が人間との約束を守るのかどうかはよくわからないけれど、ジギルから邪気は感じない。文字通りの無邪気な魔物であった。


 荒野でひっそりと大々的に、非道徳的な商売を行っていた〝行列サーカス〟はジギルによって食い荒らされ、一面が血の海に変えられてしまった。すぐにでも王国の騎士団が魔物の討伐に訪れ、ジギルを殺してしまうだろう。それを避けるため、私たちは荒野地帯を離れ、近くの街を目指すことにした。私達の旅の目的は『美味しい食べ物を食べること』である。とは言っても異食病の私は花以外の物を食べることはできないから、正直私自身の旅の目的は明確になっていない。ただ、〝どこかに行きたい〟という気持ちだけは、はっきりとわかっていた。


 「なあミーナ、この先って湖だよな。オイラ達はなんで湖に向かってんだ?」

 「うん。確かにここから西にまっすぐ進んだらゴゲラ湖っていう湖があるわ。でも私達の目的地はゴゲラ湖じゃなくて、その湖畔にあるフニルハイヴっていう街よ。私達が出発した場所から一番近い街だから、とりあえずそこに行ってみようと思って」

 私はスラーノ王国の地図を見ながら、フニルハイヴという文字を指差した。

 私達は行列サーカスから、衣類、地図、ナイフ、それから少しだけジギルの食料を持ち出していた。私が道端の花を摘んで食べると、彼は隣でベーコンやパンを頬張る。一日で食料は尽きてしまい、それからは無作為に木の枝や虫の死骸を食べては「うえぇ」と舌を出していた。


 荒野の夜は冷える為、見世物だったときに着せられていたような薄着では心細い。ちゃんとした皮の靴を履いて、二人でお揃いの旅芸者の衣服を纏った。とは言え、ジギルは魔物なので靴は履かないらいく、それに大きなしっぽもはみ出してしまっているので、この身なりのまま街に入ると少し騒ぎになるかもしれない。行列サーカスのテントを昨日の夜出発して、今はだいたい丸一日経った二日目の夜。何か身を隠せる衣類を取るために引き返すにしろそうでないにしろ、少々歩きすぎたし、そろそろどこかで休みたいと思っていた。


 「ジギル、そろそろどこかで休もうよ。洞窟か何かを探さない?どこか…」

 「待って、ミーナ」

 ジギルが私の言葉を遮って、周りをキョロキョロし始めた。

 「な、なに?」

 「火薬の匂いがする。きっと近くに人間がいるよ」

 ジギルの目が鋭さを増して周囲をじっと見据える。周りは月明かり以外の光はなく、低木の林が疎らに広がっている。私は少し怖くなって、ジギルに寄り添った。

 「ミーナ、あそこだ。オイラがやっつけてくるよ」

 「待ってジギル、まだどんな人がいるのか分かん…」

 さも当たり前のように人間を仕留めようとしたジギルを止めかけたその時。


 〝ズドオォォン!!〟


 「ぐえぇ!!痛ってえ!!」


 大きな音がして、ジギルの右腕の鱗が月夜にギラギラと弾けた。


 「ジギル!!大丈夫!?」

 「ミーナ!危ないから伏せて!大丈夫、オイラに銃なんて効かねぇ!」

 右腕を抑えながら、ジギルは姿勢を低くして周りの様子を伺っていた。その横顔に光る鱗がだんだんと顔全体に広がっていき、彼の足や指先までを覆っていった。

 「そこにいるのは分かってんだ、次はオイラの番だぞ!」

 そう言うとジギルは四つん這いになり、ものすごい速さで正面の茂みに突っ込んでいった。

 すぐに彼の姿は見えなくなり、代わりに茂みの中から〝ぐわああああぁぁ!!〟と、男の悲鳴のようなものが聞こえた。

 「ミーナ!いた!こいつだ!!」

 ジギルが誰かを殺してしまうと思った私は、彼の呼びかけに答えるまでもなく、一目散に茂みの中へ駆けていった。


 

 茂みの中では帽子を被った髭面の男性が、ジギルに押さえつけられながら「ううぅ…う、ううううぅぅ…!」と呻いていた。よかった、死んでなかった。


 「お、お嬢ちゃん!!ダメだ来ちゃいけん!!このガキは魔物じゃで!!ワシはええから早く逃げるじゃで!食われるじゃで!!」

 「え、うん知ってるよ?」

 「オイラはミーナ食わねえぞ!」


 「いやダメじゃで!!ワシは………え、なんじゃで?」


 髭面のおじさんは、目を真ん丸くして私たちを交互に見ていた。

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