第11話「いただきます」

 ベッドのふかふかに感動してずっとモフモフしていたらそこそこ時間が経っていたようで、ノックの音に応答してドアを開けると、そこにはアイリスが立っていた。彼女は私を見るなり、目をギョッと開いて驚いた顔をしている。

 「ミ、ミーナ。どうしたんだ。髪がボサボサだぞ…」

 「え?」

 そう言われて私は自分の頭を触ると、頭の大きさがいつもの倍くらいになっている。どうやらベッドで暴れすぎたらしい。

 「食事の支度が整ったようだから、広間に案内するよ。さあ、髪を直して」

 急いで髪を整え、アイリスと共にジギルを迎えに行く。隣の部屋のドアをアイリスがノックすると、茶色の短髪をボサボサに暴れさせたジギルが、息を切らして出てきた。


 アイリスの後ろに付いて、最初に迎え入れられた広間へと向かう。通路を進むにつれ、焼けた肉や香辛料の匂いがしてきた。斜め後ろのジギルを振り返り見ると、彼は目をキラキラさせて、身体を揺らしながら歩いていた。

 彼はいつもこういった挙動や表情が素直で、とても幼く感じるけれど、そういえば歳はいくつなのだろうか。魔物と人間の年齢感覚が同じかどうかも知らないが、もしかしたら、彼は見た目以上に魔物の中では若い方なのかも知れない。


 広場に着くと、乱雑に設置されたテーブルの上には彩り豊かな料理がいくつか並べられ、ギルドメンバーの人たちがその周りに各々椅子を持ち寄って座っていた。

 しかしまだ誰も料理に手を付けていない。私達を待っていてくれたのだろうか。


 「ミーナ、ジギル。見知らぬ顔だらけのテーブルだと戸惑うじゃろうて。さあ、こっちに座っとくんじゃで」

 そうカラボに声をかけられ、私達はアドラステアとアイリスが座るテーブルに着いた。他にも数名のギルドメンバーが同じテーブルを囲んでいるが、やはり誰も料理に手をつけない。


 「カラボ!これ食っていいのか!」

 「もちろん。ただし、みんなで分け合って食べるんじゃで」

 「よっしゃー!!じゃあこの皿のやつから食べ…」

 「ま、待つんじゃでジギル!まだ祈りを捧げておらん!」

 そう言って、身を乗り出して手を伸ばしたジギルをカラボが制止した。


 「…祈りって?」

 「なんで?誰に祈るんだ?」

 私もジギルも意味がよくわからなくて、キョトンとしてしまった。

 そんな私達を優しく微笑みながら眺めていたアドラステアが立ち上がる。


 「ジギル、ミーナ。君たちに教えておこう。我々人間の営みは、天上にいる神々やこの世界の精霊、聖獣だけではなく、様々な命の上に成立している。命というものは、人間、家畜、植物、虫、魔物、全ての生きる者に宿る炎だ。そして食事とは、その炎を継ぐ儀式なんだ。犠牲無しに我々は生きられない。悲しいけれどね。だからこの炎を引き継ぐ時には、全ての生きる者への感謝、そして幸福を願って、祈るんだ。さあ、二人もみんなのように手を合わせて」


 周りを見ると、みんな目を伏せて両手を顔の前で合わせている。私達は一度顔を見合わせ、戸惑いながら手を合わせて目を伏せた。


 アドラステアの祈りの言葉が聞こえる。


 「アウグスティヌスの神々と森羅万象の精霊よ。浄めと贖罪の神ヘカテーのみ名によって、この食物を祝福せん。また全ての命の慈しみに感謝し、これらの幸福を願わん」


 そして、アドラステアはひと呼吸置いて、大きく息を吸い。


 「いただきます!!!」


 と叫んだ。それに呼応するように、周りのギルドメンバー全員も、広間の空気が膨張するかのような大音声で〝いただきます!!!〟と叫び、一斉に料理に手を伸ばす。


 私たちも慌てて「いただきます!!」と叫び、しかしこれで合っているのかわからずアドラステアの顔を伺うと、彼は「バッチリだ」と、笑顔で答えてくれた。

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