第12話「希望」

 「ううぅ~…うううぅぅぅ~……!」

 ギルドメンバーの大半が夕食を済ませ、各々が食器の片付けに取り掛かった頃、私はお腹を抱えて唸りながら机に突っ伏しているジギルの両隣にカラボと座って、三人でなんとなく流れる人の群れを眺めていた。


 「ジギル、大丈夫?」

 「ううぅ~…、お腹が、キツい…。食べ過ぎるとこんな事になるなんて知らなかった…」

 夕食が始まってすぐ、ジギルはテーブルの上に並べられた料理をアイリスに取り分けてもらっていた。お行儀よく食べられるかどうか少し心配していたのだけれども、しかし、始めにサラダを盛られてそれを食べたジギルは「美味ぇ!すげぇ美味ぇ!」と感動して、そればかりを我武者羅に食べていた。

 その結果、ほかの料理に手を付ける前に、お腹がいっぱいになってしまったらしい。


 見た目や言動の荒々しさと正反対に、実は少食な魔物だった。


 因みに私は、花を食べているところを見られたくなかったので、なんとなく同席だけして、後で自室でアイリスの用意してくれた花を食べる事にしている。


 「ははははは!生まれて初めての〝満腹〟だったか。幸せなことじゃで?ジギル。まあ、自分の胃袋の容量を、しっかり覚えておくことじゃで。食材を無駄にしちまうからな」

 「ううう…、他の料理も食べてみたかった…。オイラあの鳥肉の料理が一番気になってたのに…ううぅ…ミーナぁ…!」

 そう言うとジギルは、笑うカラボとは正反対に、メソメソと泣き出してしまった。無邪気すぎる。

 「ここにずっと居れば、またいつか同じメニューが出てくるかもしれんぞ。…と言っても、今日はお前さんらを迎えるっていう理由で豪勢だっただけで、普段はもう少し、質素なんだがな」

 「そっか、じゃあ後で、みんなにお礼を言わないと」

 私がそう言うと、カラボは「おお、良い心がけじゃで」と、得意げな顔をして言った。


 夕食片付けが終わってからも、ギルドの人達は広間に留まっていた。アドラステアとアイリスの姿は見えなかったが、それでも夕食の時にいたギルドメンバーの大半が残っている。各々が部屋に戻っていくのだとばかり思っていた私は、少し戸惑ってカラボに問いかけた。


 「ね、ねえカラボ。部屋には戻らないの?このあとここで何かするの?」

 「ああ、アドラステアがお前さんらに、話があるそうじゃで。周りのやつらは、ただの野次馬みたいなもんじゃで」

 周りを見渡すと、結構な人数が私達とは別のテーブルでお喋りをしたり、お酒を飲んだりいている。こんな大勢の前で話をされると思うと、なんだかとても緊張してきた。


 私が少し強張って座っていると、程なくして、アドラステアが広間に戻ってきた。右手には何やら、大きな木の杖のようなものを携えている。


 「ミーナ、ジギル。待たせて済まなかったね。…で、なんだこの人数は?」

 アドラステアは私達に笑顔を向けたあと、戸惑いがちにギルドメンバーを見渡した。しかし言われた当の本人達は、「い~じゃねぇか~」「俺達のお客さんだろ~?」と、飄々と答えるだけだった。

 「…まあいい。さて、ミーナ、ジギル。君たちに私達〝ストッパー〟について、少し話をさせてくれないか」

 アドラステアが低い声でそう切り出すと、自然、周りで賑やかにお喋りをしていたギルドメンバー達も、声を潜めて、彼の言葉に耳を傾けていた。アドラステアはそのまま、私達の前に椅子を持ってきて、静かに腰を下ろし、「なに、ギルドに入らないかという勧誘じゃない。リラックスして聞いてくれ」と苦笑いしながら、話を続けた。


 「私達の〝ストッパー〟は、狩人のギルドだ。それもただの狩人じゃない。魔物専門の狩人だ。それはカラボから聞いているね?」

 私は遠慮がちに「…うん」と答えた。いつの間にかジギルも呻くのをやめて、身体を起こして真っ直ぐに彼の目を見ていた。

 「しかし我々は無差別に魔物を狩るわけじゃない。正確には〝人を襲う魔物〟専門の狩人ギルド。それが〝ストッパー〟なんだ。唐突だけれど、ここにいるメンバーは全員、大切な人を、過去に魔物に殺されている」


 「………えっ?」


 私は、言っている意味が理解できずに、間抜けな声を出してしまった。


 「ホント、か…!?」

 ジギルがカラボを振り返って尋ねると、カラボは少し困ったような顔で、「女房と、魔法使いだった息子をな。守りきれんかった」と言いながら、ジギルにそっと笑い返していた。

 ジギルは驚きの表情のまま固まっている。周りのメンバーを見回すと、全員が、静かな、少し寂しそうな笑顔で、私達に頷いたり、軽く手を上げたりしてくれていた。


 「オ、オイラはそんな…!」

 「ジギル、君を責めているわけではないんだ」

 取り乱すジギルの声を、アドラステアは強い口調で遮った。


 「君たち魔物も、食事をしなければ死んでしまう。そんなことは皆、分かっているんだ。でも、理屈で分かっていても、心が追いつけない者もいる。そうやって迷ってしまって、夕食の席に来られなかった者達もいる」

 「だがなジギル、だからこそワシらは復讐とか、そんな理由で狩人をしているわけじゃないんじゃで」

 ジギルの隣に座っていたカラボが、優しくジギルの肩に手を添えて話す。

 「ワシらが仕返しをすれば、魔物は怒る。そうすればまた人間を襲うじゃろうて。そういった悲しみの連鎖を、ワシらが止めるんじゃで」


 「そう、故に私達は〝ストッパー〟」


 アドラステアはそう言って、今度は私の方を向いた。

 その緑色の瞳には、なんだか強い力が宿っていて、私は少し圧倒される。


 「君たちのような存在を、ずっと探していたんだ。ミーナ、君にとっては普通なのかもしれないが、魔物と一緒にいる人間なんて、私は見たことがない。歴史上、魔物と友好関係を築けた人間は少なからずいたみたいだけれども、それはとても難しいことなんだ。…だから君達なら、魔物と人間の〝橋渡し〟になり得ると思った。私達の理想を叶える〝希望〟なんだ」


 「希望…?」


 そんな壮大な話だとは思っていなくて、私は困った。咄嗟に隣のジギルに視線を移すと、ジギルはアドラステアを見つめながら、小首を傾げていた。


 「今は分からないだろう、だがこの広い世界を知れば、君たちがどれだけ稀有な存在なのか、きっと見えてくる。そこから導き出される答えがどんなものなのかは、まだ誰にも分からないけれど」


 「君たちがきっと、この世界を変える希望なんだ」


 アドラステアは、最後に、力強くそう言った。

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