第10話「ベッド」

 「改めてようこそ、〝ストッパー〟へ。私はここのギルドを仕切っているマスターだ。ミーナ、ジギル。盗賊に襲われたらしいね。無事で良かった。歓迎するよ。さあ、みんな!私たちの客人だ!丁重にもてなしてくれ!」


 アドラステアがそう言うと、大広間のテーブルを陣取っていたおじさん達や、壁に沿って延びる二階の通路から私達を見下ろしていた人たちが、〝うおぉぉぉ〟だとか〝はーーーい〟だとか、各々、彼の言葉に応えた。これだけの人数を纏め上げるなんて凄い。彼はそれ程までに強く、人を惹き付ける人間だという事だろう。


 「さて、君達と話したいことは沢山あるんだけれども、先ずはゆっくりと休んでくれて構わない。部屋を用意してある。それから、良ければ夕食もみんなと一緒にどうだろうか」

 急に沢山のことを言われて私は混乱してしまい、答えあぐねていると、隣にいたカラボがアドラステアに声を掛けた。

 「それなんじゃがアドラステア、ちょいとこいつらには事情があってな。夕食の前に、少し話がしたいんじゃで」

 「ん?そうか、わかった。まだ夕食までには時間があるから、それは後にしよう。さあ、こっちだ。私が案内するよ」

 マントを翻して踵を返した彼の後ろを、カラボに促されてジギル2人でついて行った。カラボとアイリスは別の用事があるみたいで、私達に軽く手を振って、大広間のおじさん達と何か話していた。


 私達はすれ違うおじさん達に「ゆっくりしていけよ」だとか、「お疲れさん、また晩飯のときになぁ」と、温かい言葉を掛けられた。


 大勢の人に囲まれるのは、慣れている。

 だって私は、そう。3日前までは、ただの見世物だったんだから。


 だけど、今のこの人たちの目は違う。


 怖くない。

 見下されていない。

 蔑まされていない。


 それが、なんだか嬉しくて、私は溢れる涙をグイグイと腕で拭った。


 隣でジギルが「おいミーナ、どうしたんだ…?」と、心配そうに覗き込んでいたので、「なんでもないよ」と、私は作り笑いではない、心からの安堵の笑みで答えた。


 アドラステアの後に続いて、私達は二階への階段を上り、奥へ続く通路を歩いていた。二階の階段の奥は大きな通路が3本伸びており、その両脇にドアがいくつも付いていた。どうやらこの部屋一つ一つが、ギルドメンバーの部屋らしい。

 私達は少し歩いた奥にある、隣り合う黄色のドアと赤色のドアの前に案内された。

 「別にどちらでもいいんだけれど、一応、黄色がミーナ、赤がジギルの部屋として用意しておいた。夕食の時間になったらアイリス辺りに呼ばせに来るから、それまでここで休んでいてくれ。閉じ込めるつもりはないけれど、ギルドの中は結構入り組んでいるから、探検は明日以降、誰かが一緒にいる時にね。決して一人で出歩かないように。それじゃ」

 「あ、ありがとう、アドラステアさん」

 「ありがとう!サテライト!」

 私達が交互に彼にお礼を言うと、彼は静かに私達に微笑んでから背を向け、歩き出した。


 黄色のドアを開けて中に入り、部屋を見渡す。見渡すというほど広い部屋ではないのだけれど。

 地下なので窓が無く、小さな蝋燭の明かりに、綺麗なベッドと大きなクローゼットが照らされている。足元には小さな絨毯が敷かれていた。

 私はベッドに腰掛け、そのまま後ろへと仰向けに倒れこむ。


 〝ばふんっ〟


 「ふわぁ…!!」


 初めての感触だった。


 広くなんかなくったって、こんなに綺麗な部屋で、こんなに柔らかいベッドに横たわって眠るなんて、なんて幸せなんだろう。私は今初めて、人間らしい暮らしの中にいる。


 柔らかいベッドの、洗いたてのシーツの優しい匂いに顔をうずめていると、隣の部屋から「うおおおお!!ふっかふかだ!なんだこれ!!」という声と共に、〝ボフンッボフンッ!〟と、喧しい音が聞こえた。

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