第5話「魔力」

 次の日の早朝、私はカラボの大きなイビキで目を覚ました。

 ジギルの方を見ると、彼は眉間に皺を寄せながら眠っている。どうやらあまりよくは眠れていないらしい。少しおかしくなって、私はふふっと笑った。


 まだ空は薄暗く、洞穴の外はひっそりとしている。

 私は洞穴の側に顔を洗える湧水か何かがないかと、寝ぼけ眼をこすりながら外に出た。

 小さな崖の麓にポッカリと空いた洞穴を、岩肌に沿って歩いた。少し歩くと、崖の割れ目から湧水が流れて、小川になっていた。私は両手で水を掬って顔を洗った。冷たい湧水が眠気を払っていく。私は思い切って湧水に頭を突っ込み、埃っぽくなった短い髪を洗った。


 ブンブンと頭を振って水滴を払う。それでも髪はべちゃべちゃのままだが、まあ、すぐ乾くだろう。あまり気にすることでもない。

 ついでに一掬い湧水を口に含んで口を濯いでいると、後ろからザッザッと誰かの足音が聞こえた。振り向くと、そこには眉間に皺を寄せたジギルがいた。


 「ミーナ、カラボが寝ながらずっとガァガァ言ってるんだ。そのせいでオイラあんまりよく眠れなかった。あれ、なに?」

 私はおかしくって、少し水を吹き出してしまった。口に含んだ水を吐き出して、ジギルに「あれはイビキって言うんだよ」と教えてあげた。彼はよくわからなかったらしく「ふう、ん?」と、変な顔をしていた。

 「ジギル。ジギルも水、飲む?」

 「ああ。オイラも飲む。それよりミーナ、べちゃべちゃだけどどうしたの?」

 「あ、これ?少しだけ水を浴びたの。気持ちいいよ」

 「オイラ水は苦手だから浴びないよ。リザードマンは砂地の魔物だから、水は相性が悪いんだ。だから水魔法を使う湿地や水辺の魔物には、オイラは勝てねえぞ」

 「ふうん、魔物の相性って、魔法の相性と同じなんだね。私は魔法使えないからわかんないけど」

 「え、ミーナ、魔力あるのに魔法使わないのか?」

 「…えっ?魔力?何の話?」


 さも当たり前のように言ったジギルの言葉に、私はびっくりして聞き返してしまった。


 「だって、ミーナからずっと魔力を感じてるぞ。もしかしてミーナ、自分で気づいてないのか?」

 「いや、だって、魔法なんて昨日初めて見たし、カラボだって、魔法を使える人間はあんまり多くないって、言ってたし」

 「うーん…でも確かにミーナから魔力は感じるぞ。練習すれば使えるんじゃないか?」

 「そ、そんな…!」


 「おぉ、そこにおったか!」


 私が困惑していると、洞穴の方からカラボがやってきた。


 「人攫いにでも遭ったのかと思って心配したんじゃで…。ん?ああ、湧水か。よく見つけたな」

 「カ、カラボ!」

 「ん?どうしたミーナ。おめえ、べちゃべちゃじゃねえか」

 「それはさっき水浴びしたからで、その、そうじゃなくて!魔法って、なに!?」

 「ど、どうしたんじゃ急に…?」

 「カラボ、ミーナは魔力を持ってるんだ。オイラ魔物だからわかるんだ。でもミーナはまだ気づいてないみたいで」

 「ジギル、そりゃ本当か!」

 「気づいてないっていうか!私魔法なんて、知らなくて!」


 「うーん…。ワシの息子も魔法が使えたが、別にワシも母親も魔法が使えたわけじゃないから、ワシも仕組みはよく知らん。しかし、ワシらのギルドマスターも凄腕の魔法使いじゃで。ちょうどええ、魔法について、教えてもらったらええ」

 「そ、そっか…えっと、ギ、ギルドマスター…?」

 「そうじゃで。ワシら〝ストッパー〟のメンバーを束ねる〝アドラステア・テミスト〟という男じゃで。〝サテライト〟の異名で知られちょる魔道士じゃ」

 「〝サテライト〟…かっこいいな!オイラも異名欲しいぞ」

 「はっはっは、アドラステアくらい有名になれば、異名も付くかもしれんな。さて、二人とも、そろそろ出発しよう。今から出発すれば、昼過ぎにはギルドに着くはずじゃで」

 「わかったぞ。早く〝サテライト〟に会いに行こう!」


 名前がかっこいいというだけで、ジギルはよくわからない期待をしていた。


 カラボはまた「はっはっはっは」と、豪快に笑っていた。

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