この作品を読む中で自分の心に何が起こったのか、それを説明するのは難しいです。
はじめは、磯辺の語りを読みながらマリーさん曰く「こんな仕事」に集まる人たちの話なのだろうかと感じておりました。そういう場所の雰囲気は、聞いたことがありましたのでそれなりの興味を持ちましたが、Rの登場から気分がすっかり変わってしまいました。一気に引き込まれたのです。
その後の展開で、いったいこの作品はどこに向かうのだろうかと興味が高まっていき、地名が出てきた瞬間にいろいろなものが頭の中で結びつき、物語が見えた気分になりました。実際、それほど外れておりませんでした。しかし、それ故に思うことが一気に膨らみました。
読了後のこの気分を表現する言葉を持ちませんが、少なくとも静かに(そして少し重く)こころに響く作品でした。
最初に読んだときは、カードをめくるように、少しづつ紹介されていく磯辺の性格、謎の女子高生Rの存在、エアシューターという意外な小道具を使った磯辺とRとのやりとりなど、名画座で1970~80年代のヨーロッパ映画を見ているみたいでした。
話の流れを理解してから時間をおいて、二度読みしましたが、日常と非日常、そして突然の非日常に飲まれて、生き延びた人物は、どう折り合いをつけて、日常の中で生きていくのか?人の死は、その周りの人々に、どれほど大きな悲しみと喪失感を残すのか、様々なテーマを我々に提示する作品です。まるで自室の床が砂になって、徐々に飲み込まれていくような、なんともいえない読後感でした。
カクヨムでは掲載されてない四話で答えが示されるのか、救いはあるのか、そのままなのか、書籍版を入手して確認したいと思います。
転生もせずチートもざまぁも能力バトルもなく、悪い敵を倒してめでたしめでたしでもない。ジャンルとしては文芸でしょうか、フィクションとはいえ我々の生きる現実世界の日本を舞台に、繊細で美しい文章で紡がれる、静かな二人の交流のお話です。ファッションホテルを舞台にしていることもあり、大人向けの表現もそれなりにあります。
我々の記憶にも、程度の差はあれどおそらくは大きく刻まれているであろうある出来事を背景に、リアリティをもって描かれる独特の世界観に引き込まれて一気に読んでしまいました。
正直難しい題材・テーマではあると思いますが、それに正面から向き合って書き上げられたのだなと感じました。こう言っては身も蓋もないかもしれませんが、Web小説でアクセスを稼げるタイプの、バズる話とはかなり毛色が違います。それでも書ききったその覚悟に、伝えたかったであろう想いに、とても心を打たれました。
理不尽と隣合わせのこの世界で、それでもなんとか平和な生活を送れている自分にできることはなんなのか。そんなことを考えさせられます。
完結作でそこまで長すぎず、割とすぐに読めるかと思います。よくあるWeb小説とは少し違った雰囲気の作品が読みたい方はぜひ。
とても良いものを読ませていただきました、書き手としての自分にも、まだまだ頑張れることはあると、背筋が伸びる気分になりました。ありがとうございました。