直史の好み

 かわいいワンピースに心が惹かれた。

 こういった場での女性の服のバリエイションの多さが、直史には羨ましかった。


 自分の場合は、普段着にタイを着けるだけ、靴が革靴になるだけ。あるいは髪をジェルでまとめるだけ。飾りも何もない、味気ないスタイルに初めて嫌気がさしたのは、子供の頃に親と同席した披露宴での場だった。従妹達はドレスを着てめかしこんでいるというのに、自分はセンタープレスのついた半ズボンに蝶ネクタイという恰好で、途中で帰りたくなったものだ……、という子供時代の思い出を封じ込め、直史は音色に耳を傾けた。


 女装したいわけではない。カワイイものに惹かれていただけだったのに、どうにも理解されるのが難しいと気づくまで時間がかかったことを思い出す。心の中心にあるモヤっとした何かを突き抜けて音が直接デリケートな場所へ沁み込んでくる感覚が心地よかった。


 自分がやりたかった習い事がヴァイオリンだった。親に反対されてしまい、体操やら水泳やら空手やらをやらされた。もちろん役立っているし、親に感謝もしている。唯一ピアノ教室には連れて行ってもらったことがあったが、残念なことに、自分とピアノの相性がすこぶる悪かった。だから尚更「あのときヴァイオリンができていれば」と今でもたまに夢を見てしまう。


 やがて軽快なリズムに合わせて名曲カントリーロードの演奏が始まった。直史がうっとりと聞き惚れている間、隣の隣の男は微笑ましそうに彼を見ていた。


 演奏が終わるころにはいい時間になっていたので、直史は席を立った。そのころには直史の心はすっかり満たされ、どこか夢うつつな面持ちで店を後にした。

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