心のうるおい
「お菓子外しなら、俺もされてるぞ」
「え?」美奈子が身を乗り出した。「なになに、どういうこと?」
「ほら、頂き物のお菓子あるだろ。その数が極端に少ないとき、たまにあるだろ」
「あるね」
「そういうときは、決まってさ、”数少ないから女の子でわけまーす”っていって、女性だけが食べられるんだ。この間なんて、有名デパートのカスタードプリンだったんだぞ」
「手土産に生モノ選ぶ取引先もどうかしてると思うよ」
「美奈子さん、冷静だね」涼くんが苦笑いしてみせる。
「”食べたい人、とりにきてー”で良くないか? 俺も食べたいもん」
「じゃあ、そう言ったらいいじゃない?」
「いやほら、会社じゃおれ、そういうキャラじゃないし……」
「お菓子外しとはちょっと違う気がするけど、直史も悩んでるのねぇ」
「そんな哀れみの目、しないでよ」
「あ、そうだ」
涼くんが掌に拳を乗せる古典的なジェスチャをして、バックパックを開けた。中から紙袋を2つ取り出す。
「お土産があるんだ。美奈子さんにはレバーパテとチーズ。直史にはマカロン。さっきいってたレストランの料理長が監修してるんだ。すごく美味しいよ。これ食べてまた明日から頑張って」
「え? なんか悪いなぁ」美奈子は煙草を咥えたままで頭を掻いてお礼を告げた。その横では直史が両手を組んで感慨深そうな顔をしている。この外見でこのジェスチャは本当に似合わないなと美奈子はいつも思うが、そのアンバランスさが妙に癖になる男なのだ。
「そのお局さんはきっと、不安な気持ちに負けてるんだね」
バックパックを閉じながら、涼くんは囁くようにそう言った。
「え?」
「不安だから悟られないように人を見下したりして誤魔化すんだよ、きっと」
「…そうだね、たぶん社内では、あの人が一番、本当は打たれ弱いんだと思うな。だから攻撃するんだろうな。弱いところを見せたくないから」
美奈子はそう言って、ジュースの入っていたグラスを掲げた。そこに自分が写っている。自分も会社じゃ猫を被っている人間だ。”人当たりの良い、穏やかないい子”で通っている。そんな自分がお局を批判するのもなんだかなぁ、と思い、彼女はふっと笑った。
確かにお局の嫌がらせは見ていて気分のいいものではないが、美奈子は彼女のいい面も知っているには知っている。フォローしてくれたこともある。会社の人付き合いとはちゃんちゃら面倒であるが、自分が納得できるように折り合いを着けるしかないのだ。そんなことはハナからわかっている。
正面では直史がマカロンのパッケージを愛おしそうに見つめている。なんとなくそこに人の些細な幸せを見出して彼女はほくそ笑んだ。これを見ているだけで自分の心が潤うなら、それだけでいいじゃないか。お局にもそんな心のうるおい場所ができればいいのに、と思ったりする。
「僕は週末、また街をでるよ。新しく行ってみたい場所ができたからね」
涼くんはそう言って、笑顔でビールを飲んだ。彼は誰よりも自由だ。自分の見たいものだけを見て、瞳のフィルターに収められるだけ収め、気が済んだ頃にその土地を後にする。朝比奈涼は、そんな人間だ。
いつもの店で3人で おわり
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