第2話 リップクリームと留守電

待ちぼうけの夜

 その日はそう。今から数か月前の出来事だった。

 直史も涼くんもまだ他人の関係で、それぞれがそれぞれの街を歩いていた。そんな時期も当然あった。



 ある夜のことだ。

 待ち合わせしているはずの人が、ずっとこなかった。ふ頭公園のベンチでafter six。奥から数えて2つ目に座っているよと、事前に連絡をしてあったのだが一向にやって来る気配はなかった。


 2時間待っている間に、次第に空の色はオレンジから紫をへて藍色に変わり、鳥の群れすら帰路についているようにみえた。公衆電話でダイヤルするが音沙汰はない。


 なにかあったのでは、と思ったが、付き合いも始まってない仲だ。再びベンチに戻ると、舗装路を横切って行ったのは、先刻に目の前を走り抜けたのと同じランナーだ。


 もう行こう。と直史はゆっくり立ち上がり、ふ頭を後にした。

 騙されたのか遊ばれたのかわからないが、仮に家の電話に謝罪のメッセージが入っていたとしても、脈ナシなのはわかった。

 銀幕スターと同じ名前の女の子だった。少し悲しく感じた反面、空腹と共に苛立ちがこみあげてきたことに気づき、彼は独り言をぼやいた。

「もう、今日は! 飲みに行くぞ」


 繁華街の方へ徒歩で戻る。背の高く、身体の大きい彼がスーツのネクタイを緩めながら大股で歩く姿は周囲へ威圧感を与えかねなかった。

 しかし、空腹でそれどころではない。


 こんな日は、よく行く飲み屋はダメだ。

 顔なじみに会ったりすることなく、1人でちびちび飲みたい気分だ。美味しくて見た目もキレイなツマミがあるところじゃなきゃダメだ。気持ちが躍るような場所じゃなきゃ。


 そう考えた直史は、方向転換し、繁華街の路地へ抜けた。いつも行かない反対側の道にでてみようと思ったのだ。


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