espresso&ber GIG

 同じ街中でも道一本変えるだけでここまで新鮮な気分になるのかと、直史は半ば感激しながら道を歩いた。普段の往来より道行く人が華やかに見えてくるくらいだ。


 ビルの看板や軒を連ねるチェーン店の隅に、その店があった。道幅の広い歩道の脇に、控えめな佇いで置かれたブラウンの電飾看板はぼんやりとした明かりの中に、”espresso&ber GIG”の文字が浮かんでいる。


 ガラスのはめ込まれた大きな木製の扉は壁と一体化していて、看板に気づかなければ通り過ぎてしまうだろう。部分的にガラスが使われている割に奥が見えにくいが、看板が出ているということは営業しているようだ。と直史は解釈し、そっとドアを押し開けると目前に現われたのもブラウンの木目だった。


 そこから右下へ階段が伸びている。少しだけコーヒーの香りと音楽が立ち込めてきた。直史のハートはドキドキとウキウキの間をいったりきたりしている。ノキノキとかソキソキだったかもしれない。


 革靴の底が頑丈な木目を踏むたびに、ゴツンと重厚な音が響いた。たどり着いたそこは大きな吹き抜けの空間で、やはりブラウンを基調とした色合いに洒落た音楽が流れていた。音楽はよくわからないが、ちょっとだけ気取ったようなこの空間が、直史の乙女心をくすぐった。


 スタッフに声をかけられ、直史はカウンタに向かった。空いていたので2人掛けの席でも良かったが、皆に背を向けひっそりしたい気分なのだ。カウンターチェアに腰かけて、まずは1杯ビールを頼む。カバンをカウンタ下の手荷物入れに押し込み、一緒にやってきた甘じょっぱいプレッツェルをつまむ。1杯目をすぐに飲み干すとメニューに目を通した。


(うわぁ…お酒のメニューも食事メニューもいっぱいある……! 今日のデートで来るべきだったよなぁ。いやイカン。忘れろナオフミ。去る者追わずだ。忘れるんだ。まずは何にしようかなぁ)



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