初対面はこの日


 今しがた登山から帰ってきたような恰好をしているから実際そうなのだろう。重そうな荷物をゆっくり床におろして軽口をたたいた。馴染みの客らしい。


「なぁ、いつになったらこの店、エレベーター付けてくれるんだ?」

「黒字が続いたら考えるよ。久しぶりじゃないか。何飲む?」

「そうだなぁ。ウイスキーをロックでもらおうかな」


 若い男はそう言って硬貨をカウンタに乗せた。オーナーは「まいど」と言って受け取ったあと、ロックグラスに氷を割入れた。

「今日は繁盛してるね」と若い男が言った。直史もつられて振り返ると、先程より客足が増していた。


「今夜はミニ演奏があるから、そのおかげだよ」

 オーナーは、店内を見回した直史にも聞かせるようにそう言った。直史は頷きながら口を開く。

「なんの……演奏なんですか?」

「ヴァイオリンだよ。知り合いのお嬢さんが目指していてね、練習も兼ねて場所を貸しているんだ。小さいステージだけど経験にはなるだろう。その代わりうちからはギャラもでないけどね」


「ヴァイオリン……!!」

 思わず胸の前で両手を組む直史である。身長185センチでがっしりとした体つきに似つかわしくないジェスチャーである。


 直史はハッとして咳払いし、すぐに表情としぐさを作り替えた。オーナーも若い男も少し驚いたようだが、彼の喜ぶ姿を微笑ましそうにしているだけだった。


 かわいい、きれい、うつくしい…そういったものに心動かされる直史は、ついうっかりこんなジェスチャーをしては不思議そうな(もしくは冷ややかな)目で見られること多かったので、2人の反応が意外で新鮮だった。直史はビールを口にして、俯き気味に口を開いた。


「おれ、ヴァイオリン好きなんです。耳をすませばみたいな世界が始まるような気がして…」

「今日、カントリーロード弾いてくれるんじゃないかな」

「えっ!!!」


 オーナーの話に再び歓喜の溢れた表情をしてみせると、隣の(隣の)席の若い男もつられて笑みを浮かべ、「僕も好きですよ」と言った。映画と曲どっちのことを好きと言っているのかわからなかった。直史が嬉しいやら恥ずかしいやらの気分をビールで流し込むと、小さなステージにワンピースを着た女性が上がった。


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