涼くんといつもの店で 2
「やぁ、やぁ」
美奈子と直史それぞれの顔を見ながら、穏やかな顔で涼くんが席までやってきた。ジーンズにチェックのシャツを羽織り、バックパックを背負っていた。
席に腰掛けると、タイミングよく3人分のドリンクが運ばれてくる。涼くんは下で注文を済ませたのだろう。美奈子はグレープフルーツジュース、直史と涼くんはビールを掲げ、3人は控えめに乾杯をした。
どうしてか小ぢんまりとした乾杯になるのは、いつからだったか。まるでこれから秘密のイタズラ会議をスタートさせるかのように、3人の時はいつのまにかこのスタイルになっていた。直史は勢いよくビールを飲みほして、1Fにいる店員に同じものを、とジェスチャーで伝えた。グラスについた口紅を、すっと拭って美奈子が涼くんに尋ねた。
「いつ戻ってきたの?」
「昨日だよ。今回はちょっと北のほうへ行ってたんだ」
涼くんは旅が趣味だ。趣味というよりは、それが生活スタイルだと言ったほうが間違いがないかもしれない。
彼が思い立ったタイミングでふらりと街からいなくなり、気が済んだ頃に戻ってくる。今は定職にはついておらず、過去に会社勤めをしていた時の資金で資産運用をしていると話していたことがあったが、2人とも詳細までは聞かなかった。
それに涼くんはいつも、滞在先で仕事を見つけて生活するように暮らしている。季節労働だったり、飛び込みアルバイトだったり様々だ。「野菜を収穫してきたよ」と直史に電話をかけてきたこともある。
だからと言って、気に入った滞在先のひとつに移住してしまうとか、そういったことはなかった。いつも必ず、この街に戻ってくる。そしてたまに直史に電話をかけたり、ふらりとギグに足を運んだりする。
時に美奈子の話を親身に聞き、彼女を肯定し、彼女もまた、涼くんの経験した話を聞くのを楽しみにしている。会う日を約束して決めるということは、あまりなかった。
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