直史と美奈子 2

「こちらです」

 店員がトレーの上にリングを置いた。美奈子はそっとリングを摘んで、いろいろな角度でかざして見せる。自分が見ているわけではない。ほぼ無表情の彼女の横で、直史が少女のように笑みをこぼしてそれを眺めている。


「カワイイ…、この細いライン、華奢でいいよねぇ」

「そうだね」

 色のない声で美奈子が直史を見上げた。「もういいか?」と聞いているような顔を読んで、直史は「ありがとう」と言った。


 美奈子がサイズを試さなかったことに、少し不思議そうな顔をしてみせた店員だが、よくあるのだろう。笑顔を作って「お気軽にお声掛けくださいね」と良い、別の客の対応へ向かった。


「あんな指輪できたらなぁ。メンズのってさ、無骨なのが多くて。男がみんなスカルとかイーグル好きだと思う? そういうのばっかり勧められるんだよなぁ」

 直史はそう言いながら自分を指さした。見た目のことをいっているのだろう。美奈子は「仕方ないじゃん?」と肩をすくめてから答える。

「私はメンズのほうがかっこよくて好き。これもかわいいけど」

「ね、カワイイだろ? この店、品があってカワイくて…デザイナーがいいんだろうな」

 胸の前で両手でも組みそうなほどの勢いである。見た目とのギャップに美奈子はクスリと笑って、「もう少し見ていく?」と尋ねると、直史は笑顔で頷いた。


 服を手に取り、アクセサリーを眺め、鏡の前で美奈子に合わせて見たりする。普段はワイルドと思われる彼の本当がこれだ。これに付き合ってくれるのが滝本美奈子なのだ。



 美奈子はこの日、仕事を半日で終わらせて愛車のバイクでやってきた。よって服装はラフだ。体型に沿うようなカーキのパンツにTシャツ、黒革のライダースを羽織り、足元はブーツだ。黒髪ストレートヘアだが、内側はダークグリーンに染められている。


 こう言ってみると、スレンダーな女性をイメージするかもしれないが、彼女はそうではない。体つきは、いたって健康的だ。世間的にみれば、ぽっちゃりの部類に入るかもしれない。目つきに対して頬はフワフワしているし、全体的に少し丸っこい印象がある。だがそれはあくまで外見の、見た目だけの話だ。内と外が、必ずしも一致するわけではない。


 プライベートの彼女は、世間一般が持っている見た目や体系の印象を自分自身に照らし合わせることはない。着たい服を着て、乗りたいバイクにのり、アクセルを吹かす。


 会社ではフェミニンスタイルを貫き、ほどよく愛想も振りまく。上司のつまらない冗談に付き合ったり、電車で他人に足をふまれたりする。しかし会社を出れば普段はこれだ。無駄に笑わない、好きなスタイルでいる。


 直史は気が済んだのか、笑顔で美奈子に向き直った。彼女にお礼を言って、次は美奈子の目当ての店に行く。これもいつものルーティン。


 彼女が行ってみたかったプラモデルショップに向かう。今いる繁華街から駅前に戻る途中の雑居ビルに目的の店があるのだ。以前からこういった店に一人で来ることに抵抗はなかったが、いつからか直史も付いてくるようになった。少なからず、こういったショップでは彼女は目立つ。初めて行くショップなら尚更だ。直史がいることで視線が緩和されるので、美奈子は安心してプラモデルや模型に集中することができる。


 こういった関係性を保てる友人が、叶直史なのだ。

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