世界は僕の箱庭
久納 一湖
第1話 いつもの店で3人で
直史と美奈子 1
ショーウィンドウにディスプレイされた洋服やアクセサリーを、立ち止まってまじまじと眺めてしまう。シックで落ち着いたゴールドのピアスやリング。視線を上に向けるとマネキンが下げているネックレスと目が合う。細い、とても細いチェーンの先には品のある一粒のダイヤ。
彼だか彼女だかわからないマネキンが来ているのは、明らかに柔らかな素材の、たぶん麻だろうか、ブラウンのシャツだ。襟にアクセントがあって、一枚羽織るだけで様になりそうだ。
思わず「カワイイ…」と呟いて、さらにショーウィンドウに近づいたところで現実が写った。ディスプレイ商品の値段が高いとか、そういうことではない。
反射したガラスに写り込んだのは体格のいい、スポーツマンを連想させるスーツ姿の男性だった。このショップの商品は明らかに、彼向けではない。
「いや、彼女のプレゼントを探してる人だって、女性モノのショップに行くでしょう」
と思われるだろうが、彼に、叶直史にそういった相手はいない。彼が好きで見ているのである。とはいうものの、世間一般に、男性がこういった趣向を持っていると、冷ややかな目で見られがちなことを、彼は知っている。
叶直史、会社員。身長185センチ、体重76キロ、黒髪は短く整えられて、清潔感を保とうとしている様子が伺える。体格がしっかりしているのは、学生時代にスポーツをやらされていたからで、ワイルドな印象を良く持たれているのはそのせいだった。実際のところは、繊細で小洒落た可愛らしい物が好きだ。
腕時計を確認する。待ち合わせはいつも、このデパートのディスプレイの前。直史のほうが大抵先に到着してしまうから、待ち時間に飽きないこの場所にしてもらった。
10分過ぎている。想像の範囲内だ。待ち合わせ相手はいつも車かバイクでやってくる。道が混んでいれば遅れることくらいあるだろう。なんならショップの中も見たいな、と思った直史は、ガラス扉を開けた。
女性ばかりの空間に昔は恥ずかしさでたじろいでいたが、今は心得ている。「彼女のプレゼントを探しています」か、「同業者ですが、なにか?」という顔をしていれば誰も自分を気にしないのだ。だから、たまにわざと服の素材をひっくり返してみたり、タグを入念に見たりしている。むしろ本当に気になるのは男性からの視線だった。この店にはそれがない、だから安心できると言える。
ゆっくり店内を歩き、アクセサリーのラックの前で立ち止まった。先程ショップの外から眺めていたのと同じものだ。華奢なフレームのリングはいかにも女性的だし、控えめに飾られた小さなダイヤが微笑ましくなった。実際に微笑みそうになったが、そこはこらえる。すると、店員が前にやってきて直史に微笑んだ。
「よかったら、ケースからお出ししますか?」
「え?」
直史は少し戸惑った。まさか自分が試してみたいと思っていると思われたのだろうか。そうではないのだが。返答に困ってとりあえず笑みを返すと、「出してほしいな、私、見たいから」と、自分の斜め後から声が聞こえた。
彼が視線を落とすとそこには美奈子がいた。しゅっとした猫目をこちらに向けてこっそりウインクをするが、笑ってはいない。ひどくクールだ。
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