お前は誰だ
俺は小さな販売会社の営業だ。今日は後輩と取引先に車で向かうことになっている。
「眠いなあ……」
朝の六時。取引先が遠いし、道が混むので今から出発だ。真冬なので信じられないぐらい寒い。車で待つ後輩に缶コーヒーでも買ってってやるか。たしかミルク多めがいいんだったな。俺は微糖派だけど。
後輩とは長い付き合いで、気心が知れている。一回りほど年が離れているが、素直でいいやつだ。向こうも俺に懐いてくれている……と思う。
運転席で俺を待つ後輩の元へ向かう。
「悪い、待たせたな。これコーヒー」
後輩にミルク多めのコーヒーを差し出しながら、俺は固まった。
「あ、あれ? 今日一緒に行くの〇〇〇じゃないのか? 新人さん?」
運転席に座っていたのは気心が知れたいつもの後輩ではなく、まったく知らない、後輩よりもかなり若い男だった。
その男はきょとんとした顔で、
「え? 僕〇〇〇ですよ?」
と言った。
「は?」
何言ってんだこいつ。同姓同名? そんな馬鹿な。
若い男はさらに続ける。
「今から先輩と取引先に向かうんですよ」
「だから、それは俺と〇〇〇で向かうって話になってただろ? お前誰だよ、うちの会社のもんじゃないだろ」
「はあ? 何言ってるんですか、僕は〇〇〇で、ここの社員ですよ。貴方こそ一体」
偽後輩に痺れを切らし、俺は車を降りた。
うちの会社は十五人しかいないんだ。全員顔は覚えてる。こんなやつ知らない。
なんだって後輩になりすまして当然のように車に乗ってやがるんだ! 社長に知らせよう!
俺はすぐそこの三階建てのビルに入った。そこの一階が、うちの会社だ。
「社長、みんな、知らない奴が車に乗ってるんだけど」
社内を見渡して、俺は絶句した。みんな知らない顔だった。驚いて一度ビルを出て、看板を確かめる。確かにうちの会社だ。
もう一度中に入る。
十人ほどの人が驚きの顔で俺を見つめる。みんなうちの会社の制服を着ている。なのにみんな俺の知らない顔だ。知っている顔は一人もいない。事務の女の子も主婦っぽい地味な女に変わっている。
「お、お前ら一体誰だ?」
俺はパニックになり叫んだ。すると、一番奥のデスクに座っていた高齢の男が立ちあがった。そこは本来なら社長の席だ。
その高齢の男は俺を見据え、少し困惑した顔でこう言った。
「お前は誰だ?」
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