生きてた猫

「ど、どういうこと」


 私は弟が抱いている茶トラの猫を見て、思わず大声を上げてしまった。

 茶トラの「とらば」は、うちで五年ほど飼っていた猫だ。

 飼えなくなったという親戚に対し、両親が「じゃあうちで面倒を見る」と譲り受けたときからすでにおばあさんといってよいシニア猫だったのでトラ婆……「とらば」と名付けた。

 そのとらばは二か月前老衰で静かに息を引き取った。

 はずなのに。


「とらばは生き返ったんだ」


 まだ十歳の弟は、嘘も誤魔化しもない、屈託のない笑顔を私に向ける。とらばは弟に対し、まるで我が子のように接していた。弟が泣けばどうしたとばかりに駆けつけ、泣き止んだ後は添い寝をする。そんなとらばに弟はよく懐き、とらばのあとをよく追っていた。


「生き返ったって、あんた」


 私は弟がとらばによく似た猫を拾ってきたのだと思った。よく似た猫をとらばだと思い込んでいるのだ。

 とらばは確かに死んだ。動物霊園で火葬してもらい、ちゃんと埋葬した。弟はまだ幼いので参列しなかったが、そろそろお墓参りに行こうかと話していたところだ。

 私はとらば(仮)をまじまじと見た。

 とらば同様かなり年をとっている。しかも、見れば見るほどとらばに酷似しており、私はぞっとした。まさか。


「学校でね、死んだ生き物を生き返らせる方法があるって、友達が言ったんだ。僕は持ってないから、スマホ持ってる友達が、調べてくれたの」


 弟が舌足らずな口調で説明する。こんな話し方をする子だっただろうか。


「生き返らせるには、死んでしまった生き物の一部がいるんだ」


「一部って」


 とらばを動物霊園に運ぶ前、思い出にと、とらばの毛をちょっとだけ切って保管したのを思い出した。とらばの写真が飾ってあるタンスの引き出しに入れたはずだ。


「あと、ダイショウがいる」


 そう言って、とらば(仮)を抱いたまま、弟は口を開けた。

 弟の奥歯が四本全部なかった。


「すごく痛かったけど、とらばのため、僕、頑張ったよ。子どもの歯が必要なんだって。それでさ、姉ちゃん」


 弟の目が真っすぐに私を見据えた。疑いのない、純粋な目。


「とらばがまだ一度も鳴かないんだ。ダイショウが足りないみたい。だから、姉ちゃんの歯をちょうだい。姉ちゃん来週で十八歳でしょ?」


 弟に抱かれたままのとらば(仮)が無言のまま、私を見た。

 見た目は猫だが、こいつはなんなんだろう。


「子どもの歯じゃないとだめなんだ。だからはやく。痛いけど、とらばのためだよ」

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