再会 (感動?)

 十六年間、可愛がっていた猫が死んでしまった。名前はいくら。私がイクラ好きなのでそう名付けた。社会人になって、一人暮らしをしたときから飼い始めた三毛猫だ。

 両親と折が合わず、独り身の私にとって、たった一人の家族だった。嬉しいときも、楽しいときも、悲しいときも、辛いときも一緒だった。

 そのいくらが、あっけなく死んでしまった。

 私は会社を休んで、何日もお酒を飲み続けた。

 いくらに会いたい。

 いくらに会いたい。

 いくらに会いたい。

 ちょっとでもいいから、もう一度、私の前に現われてよ。

「夢にも出てきてくれないなんて、薄情じゃない……」

 私はそう呟きながら、つまみのしらすに箸をのばす。イクラは高いので、おいそれと買えないのだ。

「もう一度、会いたいよ、いくら……」

 死に別れた恋人を想うように私はむせび泣き、本日九本目の缶チューハイを煽った。


「来たよ」


 目の前に、いくらがいた。元気な姿のまま。三毛猫のいくらだ。

 あれ? 今「来たよ」って言った? いつ喋れるようになったんだろう。ううん、そんなことより、またいくらに会えて、嬉しい!


「いくら、私の声を聞いて、会いに来てくれたんだね! 会いたかったよ、いくら!」


 いくらは猫だからか、特に表情を変えずに、こう言った。


「僕も会いたかったよ。だけど、僕は会いに来たわけじゃないよ」


「え?」


「迎えに来たんだよ」


 私は自分の体が妙に軽く、ふわふわと宙に浮いていることに気がついた。見下ろすと、缶チューハイ片手に、白目を剥いて、泡を吹きながらテーブルに突っ伏している中年の女が目に入った。床にはしらすが散らばっている。


「飲みすぎだったね。さあ、天国に行こうか」


 


 

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