百々目鬼(どどめき) (ホラー)

 最近両腕が痒い。


 湿疹でもできているのかしらと思って腕をまくってみても、なにもない。ただ痒いだけ。


 すでに深夜二時をまわっている。はやくこの小説を仕上げたいのに。


 集中できない。


 パソコンのキーボードを打つ手を止める。


 痒い。




「何あんたまだ起きてんの、働いてないのにいい身分だねえ」


 トイレに起きた母がわざわざふすまを開けて厭味を垂れ、自室に戻っていく。


 うるさいんだよ。あたしは小説家になるんだから。公募で賞さえ取れれば……。


 息巻きながらキーを打つ。


「ああ、痒い!」


 腕をまくって、両腕を掻きむしった。なんなの、なんなのこれ。痒い痒い痒い!




「……ん?」




 赤くなった両腕に細い横線みたいなのが無数に現れた。なんだこれ。引っかいちゃったのかな。


 いやいやそれどころじゃない。はやくコピペしなきゃ。


 数多あるネット小説からいいとこどりしてつなぎ合わせて一つの作品を作る……もうこれしかない。最早アイデアもらったってレベルじゃないし、自分で考えたところなんてほぼないけど、たくさんの小説から設定と文章少しづつ盗めば気づかれないでしょ。公募を通過するにはこれしかない。今までたくさん小説を応募したけど全部落選だった。もうなにが悪いのか分からない。とにかく結果が欲しい。そのためにはこれしかない。


 よし、続き書くぞ(写すぞ)。


 あたしは両腕をキーボードに乗せた。


「ぎゃあああああああああああああ」


 手の甲から両腕全体に無数の目があった。


「なに、これ、なんなの……」


 目は、それぞれが生きているかのようにきょろきょろと動き、瞬きしている。


「い、いや……」


 気を失いそうになったそのとき、目が、いっせいにあたしこっちを見た。


「見ないで、見ないでよ、あたし、何も悪いことなんか……」


 あたしはそこで気を失った。




 母に起こされ気がつくと、目は、すべて消えていた。


 だけどもうとうてい小説を書く気になんてなれなかった。


 手の甲や腕をいちいち気にしながら過ごす日々がしばらく続いた。








「百々目鬼」 腕に(または全身に)無数の目を持つ盗み癖のある女の妖怪。

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