幽霊電車

 友人と二人、居酒屋で飲んで、深夜一時をまわった。

 僕も友人も自宅は近い。友人は泥酔していたが、歩いて帰ることにした。


「もう一軒行こう、もう一軒」


「だめだよ、帰るぞ」


 僕は友人に肩を貸し、半ば引きずるように歩いた。

 まったく、いつもいつも世話の焼ける。


「いいじゃねーか、明日仕事休みだろお?」


「休みでも子供遊ばしに行かなきゃいけないんだよ。って、もう今日だけど」


 いいよな、独身は。好きなだけ飲んで、休みの日は一日中寝てるんだろうな。気楽なもんだ。


「それはそうと、あとで金半分返せよ。全部僕が払ったんだぞ」


「分かってるう、分かってるよー。大変だねえ、小遣い制の既婚者は」


 うんざりしながら歩いていると、踏切に差し掛かった。

 こんなところに踏切があっただろうか。どうやら酔って帰り道を間違えたらしい。

 渡ろうとするとカンカンカン、という音とともに遮断機が下りた。矢印は右方向。奥の線路に左側から電車が来る。……いや。


「なんでカンカン鳴ってんの? もう電車ないだろ」


 友人の言うとおり、終電時刻はとっくに過ぎている。電車が来るはずはない。


「あ、おい」


 今まで僕の肩にもたれ掛かっていた友人が、よろよろと遮断機に近づいた。


「電車なんて来ねえよ。渡っちまおうぜ」


 遮断機棒をくぐる。


 手前の線路を超え、奥の線路へ。僕は友人を追わず、そのまま踏切の外に立っていた。遠く目を凝らしても左手に電車は見えない。

 見えないのに、電車がこちらに向かう音が聞こえてきた。

 がたんごとん……。がたんごとん……。


 電車が来る。


 友人はちょうど奥の線路の上に差し掛かっていた。僕は固唾を呑む。


 ごおおおおおおお。


 空気を切り裂き、電車が通過したのが分かった。遮断機が上がり、僕はおそるおそる友人に近寄った。

 友人は地面に這った姿勢のまま、目を見開き、固まっていた。


「い、今、何かおれの上を通ったよな?」


 友人は、生きていた。




「あれは幽霊電車だった」


 仕事帰りの居酒屋。


「幽霊電車で助かったぜ。じゃなきゃおれは死んでた」


 友人は赤ら顔でぶるっと体を震わせる仕草をした。


「踏切自体が幽霊みたいなもんだよ」


 あのあと僕と友人は幽霊電車に遭遇した踏切を探したが、見つからなかった。


 あれから十年が経ち、今だ僕と友人の関係は続いている。


 あのとき、ひかれちまえ、と思ったのは内緒だ。

 十年前の僕は、独身で、無神経な友人がたまらなくうざったかった。

 今は生きていて良かったと思っている。


 


 

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