カラスの置物 (ちょっと不思議系)

 骨董市で、台座に乗った、カラスの置物が売られていた。ただの置物じゃなくて、頷くような感じで、振動してるのが可愛らしい。中にばねでも入っているのかしら?


 私はそのカラスの置物を購入した。値段は思ったより高かったが、私の書斎のアクセントにぴったりだと思った。

 私は今年45歳になるが、常々書斎が殺風景だな、と思っていたのだ。10歳の一人娘、愛美も、頷くカラスを気に入るだろう。


 しかし、いざ家に持ち帰ると、カラスは頷かなかった。うんともすんとも言わない、ただの無機質な置物であった。


「おかしいな。たしかに骨董市で見たときは、こう、前後に振動していたのに」


 その仕草が妙に愛嬌があって、気に入ったから買ったのに。見間違いだったのか。私もいよいよ老眼かな。


 私はがっかりして、その無粋なカラスの置物を無造作に本棚の隅に置いた。


「買うんじゃなかった。高かったのに」


 苛立ち紛れにそう呟いた。そのとき、愛美が書斎に入って来た。片手に大きな丸いせんべいを持っている。愛美は10歳だが、せんべい好きな子供なのだ。


「パパ、ママがご飯だって」


「分かった。すぐ行くよ。愛美、おせんべいを夕ご飯の前に食べすぎちゃいけないよ。それと、床に食べかすをぼろぼろこぼさないでくれ」


 私は自分の書斎を汚されたくないのだ。


「わかってるよー」


 愛美がそう言った瞬間、本棚の隅から、黒い何か飛び立った。声を上げる間もなく、その黒い何かは愛美のおせんべいをかっさらい、窓から逃げて行った。


 カー、と鳴いて。


「わたしのおせんべい、とられちゃった!」


 愛美は悲しむというよりも、手品でも見たような、驚いた顔をして、興奮していた。


 急いで本棚の隅を見ると、そこにカラスの置物はなく、台座だけが残されていた。


「買うんじゃなかった、なんて言ったからかな」


 私は台座を見つめながら、呟いた。


 カー、という鳴き声は、まだ耳に残っている。


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