カフェで (ホラー)

 その日私は久々に駅近くのカフェに入った。

 40℃に迫ろうかという夏の暑さから逃れるためと、先程購入した文庫本を読むためである。文庫本のタイトルは「真夏のホラー短編傑作集」まさに今、ぴったりの本である。


 カフェは結構混んでいた。皆暑さに根を上げて避難して来たのかな、などと思っていると、すぐに注文の順番が回ってきた。


「あんみつとアイスコーヒーで」

 言いながらふと見ると、オーダーを受ける男性店員は稀に見るイケメンだった。二十代くらい、愛想がよくてどこか可愛らしさがある。なんだか得をしたようで、年甲斐もなく妙に嬉しくなった。


「タルタルまみれトリプルサンドとパインアップルソーダ下さい」

 私が注文する隣で、二十歳くらいの若い女性が、舌を嚙みそうなオーダーをしていた。午後三時にトリプルサンドとは、夕飯食べられなくならないの? と、もうすぐ40になる私は余計な心配をしてしまう。


 このカフェは支払いをしたあと、席で待っていると、店員が注文した物を持ってきてくれるシステムになっている。

 私は奥の空いているカウンター席に落ち着いた。


「真夏のホラー短編傑作集」の一話目を読み終わったところで注文の品が来た。まだ十代と見える女性店員は、素早くトレーを置き、固い声で「ごゆっくりどうぞ」と言って、去って行く。バイトを始めたばかりで緊張しているんだろう。

 微笑ましく思いながらトレーに目を落として、あっと思った。

 目の前には三段重ねのパンサンドと、鮮やかな黄色をした炭酸ドリンクが置かれていたのだ。私の注文したものではない。

 店員に言おうと立ち上がりかけ、トレーの上に畳まれたメモのようなものが置かれているのに気がつく。何気なく開いてみると、


「別れるなんて許さないからな」


 と男文字で書き殴られていた。

 ぎょっとして、そのまま二秒ほど固まっていると、オーダーカウンターのほうから床を滑る勢いで先ほどの稀に見るイケメンがこちらに駆けつけてきて、

「申し訳ありません、間違えました」

 早口でそう言うなり、トレーをひったくるように下げて行ってしまった。トレーを持ち上げる際にパンサンドのタルタルソースが手にべっとりと付いたのもおかまいなしだ。


 あれをオーダーしたのはたしか……。


 程なくしてあんみつとアイスコーヒーが私の前に運ばれてきた。

 私は気を取り直して読みかけの文庫本を開く。

 これもある意味ホラーだな、

 そんな風に思いながら、アイスコーヒーをすすった。

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