第8話 葛藤

本所勇人とコンサート勝負、この話題は瞬く間に全校生徒に広がっていた。


幸信が廊下を歩くだけで、周りの生徒がコソコソと幸信について話している。


——みんな、こっちを見てる、気のせいじゃないよな。あー1人になりたい。


幸信は、目立ってしまっていることについて罪悪感を覚えながらも、自分の決めたことだからと、気丈に振る舞った。

しかし周りは、そんな幸信の決意を打ち砕いてくる。


「おい、幸信ってお前のことか〜?」


見知らぬ男子が話しかけてきた。


「女のためにカッコつけて、自滅を突き進んでるとはお前のことか?」


「「わははは」」


他にも幸信の下には、多くの冷やかしが飛んできた。


教室に入っても、真冬の富士よりも冷たい視線が幸信に降り注ぐ。


「幸信君、私のせいで、色々、ごめんね」


「いや、本郷さんのせいじゃないよ。自分が決断したことだから、全責任は自分にあるから。この勝負は自分のためでもあるから」


本郷が気を使って、話しかけてくれているが、本郷が幸信に話しかけるほど、周りの視線が痛かった。本郷とはもっと色々な話をしたいが、話すのが辛いという矛盾を抱えた。しかし、その心の葛藤を悟られまいと、無理やり笑顔で気丈に振る舞った。


——早く昼休みになれ、早く昼休みになれ、早くピアノの世界に入りたい。


幸信は、俗世から隔離されるために、昼休みの到来を心から願った。そして、昼休みになるとすぐ、幸信は教室で弁当を食べず、音楽室に向かった。


音楽室の空気感が幸信を癒す。グランドピアノの鍵盤に顔を突っ伏して、顔で音を鳴らした。ピアノの音が幸信の心のアラをそぎ落としていく。


すると、また音楽室のドアが開かれた。


幸信は、本郷が来たのではないかと少しばかり期待に胸を躍らしながら、ドアの方を見ると、そこには見知らぬ女子が立っていた。その女子は、スレンダーで、手足が白く見るものを惹きつける可愛いさがあり、まだ少し少女感が残るあどけなさもあった。


「幸信くん、今度本所君と勝負するんでしょ。すごいね」


見知らぬ女子生徒は初対面にもかかわらず、躊躇なく声を掛けてきた。その後ろにはその女子の友達腕組みしながらこちらを睨みつけている。


「ごめんね。急に、幸信くんがピアノを弾くって聞いて、居ても立っても居られなくて。」



「沙耶、早くしなよ、あんまり長く話すんじゃないよ。こんなとこ見られたらいくらお前も親衛隊にマークされて村八分にされるぞ」


「瑠璃ちゃんありがとう。ちょっと待っててね」


「幸信君、私、幸信君のピアノをとっても楽しみにしてるの。本当は幸信君が悪く言われるこの状況をなんとかしたいんだけど、私じゃ力不足で、ごめんなさい」


「えっと、君は、誰?ってか親衛隊?」


「本所勇人親衛隊っていう組織があって、そこが幸信君を目の敵にして、悪評を振り撒いてるの。本所勇人に仇なす者として」


「え?そうなの」


「私もできる限りのことはするから、頑張ってね。楽しみにしてるから。バイバイ」


「沙耶、早くしてよ〜誰か来ないかともう冷や冷やしたぞ」


「ごっめーん。ありがとう、瑠璃ちゃん」


沙耶はバイバイと手を振りながら、扉を閉めた。


「沙耶?ってあの子は誰だったんだろう。それより親衛隊ってそんな組織があったんか、このみんなの冷たい視線はそのせいか」


幸信が知り合いにあんな子がいたっけかなと思案している時に、また、ドアが開いた。


「幸信君、今大丈夫?」


本郷が、ドアを少し開け中の様子を伺いながら幸信に尋ねた。


「本郷さん大丈夫だよどうしたの?」


「今、誰か音楽室に来てた?そこで、二人組の女の子とすれ違ったんだけど」


「あ〜、沙耶って女の子がやってきて、応援してくれたんよ」


「沙耶さん?知り合い?」


「いや、全く知らないんだよね。それが」


「そうなんだ、あのね、幸信君、やっぱり、教室で私から話しかけられると迷惑だよね」


「え?そんなことないよ」


幸信は、突然の問いに慌てふためきながら返答した。


「私が幸信君に話しかけなければ、幸信君も嫌がらせを受けることもないよね。」


「本郷さん、それは本郷さんが気にすることではないよ。自分は、本郷さんと話せることが嬉しいから、そのままでいて欲しい」


「え?そうなんだ、嬉しいと思っていてくれたんだ」


本郷は、少しばかり方を紅潮させながら目線を下げた。


「え、あ、うん」


幸信は自分が放った言葉の意味を考え、恥ずかしくなった。


淡く、くすぐったい空気が音楽室を漂う。


本郷はそんな空気に耐えかねて、


「あ、邪魔してごめんね、精一杯応援してるから頑張って、私にできることがあったら遠慮なく言ってね」


そういうと本郷はみんなが憔悴するほど可愛い笑顔を幸信に向け、去っていった。


「よしやるか」


幸信は、売られた喧嘩に勝つため、本郷と音楽をするために、練習し続けた。

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