第20話 生贄通知
「花火終わっちゃったね。うち帰る?」
本郷は涙を拭きながら、幸信に尋ねた。
「いや、もう少しここにいようよ。もう少し、本郷さんといたい。」
「うん。」
「本郷さん、あの、結衣って呼んでもいいですか?」
「どうしたの急に敬語になって、いいよ。そう呼んで欲しい。」
結衣は目を腫らしながら、笑って答えた。
「じゃあ、私は、幸信、ゆっ君、ゆっきーどう呼ぼうかな。だけど、やっぱり幸信君がいいかも。」
「じゃあそれで。」
二人は、見つめ合いながら静かに笑い合った。
ピロロンピロロン
二人の静寂を結衣の携帯の着信が破った。
「え、あ、ごめんね、お父さんから連絡が来たみたい。もしもし、え、お父さん今、幸信君の家に来てるの?うん、分かった、そうする。じゃあね。」
「お父さんなんだって?」
「お父さん、幸信君の家にいるみたい、今から大事な話があるから幸信君の家に来なさいって言ってたんだけど、ごめんね、戻らないといけないみたい。」
「いいよ、じゃあ戻ろうか、その大事な話ってもの気になるし。」
二人は、また手を結びながら帰路に着いた。その手は、行きよりも少し強く握られていた。
——————
ガラガラ
「ただいまー。」
「ごめんください。」
二人が幸信の家に戻ってくると、奥からおばあが駆け寄ってきた。
「はいはい、お帰りなさい、本郷さん浴衣どうだった?苦しくなかった?」
「はい、問題ありませんでした。お心遣いありがとうございます。」
「じゃあ、こっちに来てお召し物を変えましょう。お父様の居間でおじいさんとお話しされているから。」
「はい、わかりました。」
「あ、幸信は、おじいのところに来るようにっておじいが言ってたから、居間にいてちょうだいね。」
本郷はおばあと一緒に和室にて、服を着替え、幸信は居間に向かった。
居間のドアを開けると、本郷のお父さんとおじいが向かい合って座っていた。
「おー幸信、花火はどうだったか?こっちに来て座りなさい。」
「幸信君こんばんは、本郷守です。この前のコンサート以来かな。突然お邪魔して申し訳ないです。」
「いえいえお構いなく、それと、おじい今何が起こってるの?」
「それは、本郷さんが来てから話し始めるから、ちょっと待っておれ。」
幸信、おじい、本郷のお父さんは、黙ったまま、結衣の着替えを待った。
「お待たせしました。」
結衣とおばあが居間に入ってきた。そして、おばあは持ってきたお茶の入った湯のみを幸信や結衣に配り、おじいや本郷のお父さんにはお茶を急須にて追加した。
「じゃあ、本題を話しましょうか。本郷さん。」
「はい、夜分に押しかけてしまい申し訳ありません。まさか、娘の友達の五ノ神くんお家だったとは、少しばかり驚きました。実は、2日前、娘の結衣の元にこういうものが届きまして。」
「生贄通知?これは一体、何ですか。」
「この通知は、上界への生贄として選ばれた者に送られてくるそうです。実は、私の妻にも、過去に届き、その時、初めて生贄通知を見ました。そして、提示された日に妻は失踪しました。信じられませんが、おそらく上界に連れ去られたのではないかと考えています。そうなると、娘も……同じ目にあってしまう。それはどうにか避けたいんです。」
「それで、何故わしらの家に来たのじゃ?」
「五ノ神さん、総務省事務次官であられたあなたはご存知かもしれませんが、公安庁に上界調査のための特務課がありますよね。そこは、ずっと鶴見現内閣官房副長官が取り仕切っておりました。そして、今回、このような事態になったため、鶴見副官房に相談させていただいたところ、五ノ神夫妻が持っていたファイルが、もしかすると助けになるのではないかと助言いただきまして、どうかそのファイルを見せていただけないかと、お願いしたく参上しました。」
「そうか、鶴見副官房が関与していたか。上界やら上界についての情報が記載されているファイルが存在するなど鶴見副官房の世迷言かと一蹴していたが、まさか、本当なのか‥‥?ただ、わしとしては、未だに上界やらファイルやらの存在は信じられぬし、申し訳ないが、そのようなファイルを息子夫婦から預かった記憶もない。」
「そうですか、では、何か五ノ神夫妻は伝言などは伝えていませんか?」
「伝言?残念だが、そういった伝言はない。」
「‥‥‥じゃあ、娘の結衣は‥‥‥、私は、どうしても結衣を助けたいんです。」
「まあ落ち着きなさい、本当に上界の生贄になったがゆえに失踪しているかもまだ分からないではないか。これも何かのご縁ですから、私たちも協力しますから、知り合いに聞いてみて何か分かればお伝えします。」
「申し訳ありません、お願い致します。」
「まあ、今日は一旦、そういうことで、夕飯でも一緒にどうですか?」
「いえ、私はもう一度、本庁に戻りますので、これで。結衣、さあ行こう」
本郷守は立ち上がり、結衣に声をかけた。
「それじゃあ、結衣さんだけでも夕飯一緒にどうかしら。」
おばあが、手を叩きながら、努めて明るく結衣を夕ご飯に誘った。
「いや、それは申し訳ないので‥‥‥。」
「いいですよ。みんなで食べた方が美味しいですし、こんな時ですから、みんなでいた方が、ね。」
おばあは、結衣の方を微笑みながら見た。
「お父さん、私、食べていってもいい?」
「そうか、じゃあ、お言葉に甘えさせていただいて、結衣だけでも夕飯をご馳走させていただきなさい。すみません何から何まで。」
「いいのいいの、気にしないで、それより体調には気をつけてくださいね、あなたが倒れてしまったら、結衣さんも悲しみますよ。」
「はい、お心遣いありがとうございます。結衣も帰る時は連絡するように、それでは。」
そう言うと本郷守は、一礼して五ノ神家から立ち去っていった。
「じゃあ、夕飯の準備をしますね。」
おばあが立ち上がると、
「私も手伝います。」
と結衣も立ち上がったが、
「いいのいいの、結衣さんはゆっくりしていて。」
とおばあは結衣に座っているようにと言った。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
そう言いながら、結衣は座り直した。
結衣が座りなおした時、今まで黙って聞いていた幸信が突然口を開きだした。
「おじい、ちょっといい?」
「お父さんとお母さんって医師だったんじゃないの?」
幸信は困惑していた
一方、おじいは、やっぱり聞いてきたかと言わんばかりに、少し悲しそうな顔をしていた。
また、その傍ら、予想外の問いに、結衣は、豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
「幸信、こんな形で伝えることになりすまないが、実はな、お前の両親は、医師ではないんだ、上界調査を専門とする上界調査官であったんだ。そして、調査中に亡くなったんだ。」
おじいは、重い口調で幸信が知らなかった情報を告げた。
「え、じゃあ、お父さんとお母さんは、不慮の事故で亡くなったわけでなく、上界の何者かによって殺されたってこと?何で今まで教えてくれなかったの?」
「これ以上は、機密情報だからって息子の幸信に全てを教えるわけにはいかないのだ、お前が捕まってしまう。」
「てか、おじいは、さっき上界があるかないか今でも分からないって言ってたけど、本当は何か知ってるんじゃないの?本当にお父さんとお母さんのファイルってないの?」
「‥‥‥、幸信、すまんが何も言えないんだ。お願いだ、今は察してくれ。」
「そんなあんまりだよ。真実を教えてよ。おじい。一体おじいは何を知ってるんだよ。結衣を助けることだってできるんじゃないの?」
幸信は俯きながら悲しみにくれた。
結衣は、そんな悲しみにくれる幸信にかける言葉が見当たらず、ただ、手を暖かく包むように握りしめることしかできなかった。
「結衣さん、幸信、ただこれだけは信じて欲しい、私が知ってる情報だけでは、今、結衣さんを助ける方法は検討もつかないんだ。だが、わしは最大限努力して、結衣さんを助けようと思っている。」
そう、おじいは静かに告げた。その後、発言する者はなく、沈黙が居間を覆った。
——ガラガラ
場の沈黙を破るように、再び五ノ神家の玄関が開かれた。
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