第21話 秘密の贈り物
「お邪魔します。五ノ神幸信君はいらっしゃいますか?」
大きな声だった。とても大きな声。声だけで身長や体格がわかってしまうんじゃないかと言うぐらいに大きな声だった。
居間にいた3人は驚いて、ビクついた。そして、おじいが立ち上がり、玄関に向かった。
「はい、どちら様でしょうか」
「鍛造局長、ご無沙汰しております」
「お、どうしたんだ、吉田君じゃないか。3年ぶりじゃないか?今日は珍事が色々起きるな」
「あの少しお話がありまして」
「そうか、そうか、じゃあ上がっていきなさい、ちょうど夕飯だから一緒に食べていきなさい。おばあさんや、昔の後輩が来たから、もう一人分用意できないかね」
そうおじいが言うと、家の奥の方から、『は〜い』とおばあの潔い返事が聞こえてきた。
「こっちに来なさい」
「はい、お邪魔します」
副官房秘書官である吉田は、
居間に入ると吉田は、真っ先に幸信に近寄った。
「幸信君大きくなったな。昔はこんなに小さかったのに」
「すみません、昔どこかでお会いしましたか?」
「忘れてても仕方ない、昔、正人隊長や奏音副隊長が、君を事務室に連れてきた時には、まだ君はこんなに小さかったからな」
秘書官の吉田は、自分の大腿骨あたりを手で指してみせた。
「あらあら、誰かと思いきや吉田さんじゃないの」
「久代さん、ご無沙汰しております。急に押しかけてしまってすみません」
「いいのいいの、ご飯は大勢で食べた方が美味しいんだから」
「ありがとうございます。そして、こちらが本郷結衣さんですね」
「は、はい、私のこともご存知なんですね」
「すみません、怪しいですよね。私、公安庁特務課所属でして、今は鶴見副官房の秘書官として出向しております吉田と申します。あなたのことは、本郷部長の娘さんとして、知っておりました。よろしく」
「そうだったんですね。はい、よろしくお願いします」
「それじゃあ、皆さんご飯にしましょうか」
「いただきます」
「「いただきます」」
おじいの後に続いて皆で挨拶した。
「それで吉田君、一体どうしたんだ、かれこれ3年ぶりくらいじゃないか?」
「そうですね、隊長や副隊長のお葬式以来ですのでそれくらいですね。本日は鶴見副官房の命により、五ノ神ファイル、つまり正人隊長と奏音副隊長が残した上界に関するファイルをお預かりに来ました。おそらく本郷部長もそのファイル目当てで五ノ神局長の元に訪れましたよね」
吉田秘書官は結衣の方を微笑みながら見た。
「また、そのファイルの話か、以前にも鶴見副官房には申し上げたが、そんなファイルこの家にないんだよ」
「そうです、五ノ神家にはそんなファイルはありません」
吉田秘書官は意味不明なことを言い出した。
「吉田君、君は自分が言っていることを理解しているのかね?支離滅裂だよ」
「すみません、言葉足らずで、今日は秘密の贈り物を持ってきました。こちらです」
秘書官の吉田は、持っていたカバンから1つのファイルを取り出した。
「これは、もしかして。」
おじいはファイルを注視した。
「そうです、これがいわゆる五ノ神ファイルです。私たちは、周囲にバレないように、このファイルを秘密の贈り物と呼んでいます。」
「本当に実在したんか、いったいどうして吉田君がこれを持っているんだい、しかも私達って、君以外にもこのファイルについて知っている者がおるんかい?」
「このファイルは正人隊長と奏音副隊長から命を受けて預かっていました。そして、時が来た時に、このファイルを息子の幸信君に渡すように仰せつかっておりました。このことは鶴見副官房も知りませんので、内密にお願いします。私達は、鶴見副官房とは別勢力ですので。あと、このファイルには生贄通知についても書かれています。」
「どうして、今、これを幸信に渡すのだ。なぜ、今まで黙っていたんだ。」
「腑に落ちるような回答はできませんが、隊長たちからは、幸信君が上界に関する核心的情報を知った時に渡すようにと仰せつかっておりました。おそらく、幸信君のご両親は、上界に幸信君を近づけたくなかったのではないでしょうか。ただ、近づいてしまったなら話は変わってきます。幸信君には申し訳ないが、特務課の我々の仲間が、定期的に幸信君を調査し、幸信君が情報を得たかどうか確認していました。そして、本日、幸か不幸か、仕組まれた因果なのか偶然なのか分かりませんが、幸信君が生贄通知を知るうる可能性が出ていましたので、部下に幸信君を尾行させていたところ、本郷さんから生贄通知のことを知らされていましたので、今、このファイルをお渡しするに至っております。幸信君、こちらを見てください。」
そういうと、吉田秘書官は、ファイルの1ページ目を開いた。
そこにはこう記載されていた。
『幸信へ、これを見ているということは、上界について知ったということだろう。また、我々は、もうこの世にはいないのであろう。お前は、上界についてどう思った?全ては、この世界は、お前に任せる。幸信は、この世界で唯一その資格を満たす者だから。このファイルがお前の助けになることを祈っている。最後になるが、愛してるぞ幸信。五ノ神正人&奏音』
「唯一の資格を満たす者‥‥‥自分は、一体何の資格を満たすんだ。えっと、目次と、第二巻56ページと、あれ、吉田さん、ファイルは一冊しかないんですけど。」
「そうなんだ、この秘密の贈り物は二巻構成なのだが、一巻しかないのだ。1巻目は、5年前には完成していたらしい。ただ、二巻目は、まだ未完で、ファイル作成のため、隊長たちは上界調査に持っていったと考えられている。そして、隊長たちが見つかった時に、その二巻目はなかった。我々の予想では、恐らく、上界で盗まれたのではないかと考えている。」
「ファイルの1巻目は、上界の歴史や暮らし、この世界との交流について古文書など参考に作成しているんですね。あと、生贄通知のことも書いてありますね。しかし、なぜ自分に資格があるのか、自分と上界との関わり合い、両親と上界については全部二巻なんですね。」
「申し訳ないが、我々は、ずっと二巻目を探し続けているが、見つけられていない。だが、我々特務課が、3年前に初めて生贄通知について知ったのにも関わらず、生贄通知のことがすでにファイルの1巻目に記載されている、つまり、5年以上前から、幸信君のご両親は生贄通知を知っており、情報を集めていた。だからこのファイルを使えば、何かしらの対処は可能だろう。」
「ありがとうございます。詳しく見てみます。結衣、後でお父さんにもお伝えしよう。ファイルが見つかったって。」
「うん、幸信君。」
「ちょっと待ってくれ、本郷部長にはくれぐれも内密にお願いしたい。現在、このファイルはアメリカのCIAや中国の公安調査局などが血眼になりながら、このファイルを探している。ですので、なるべく周知している人数は抑えておきたいのです。また、本郷部長は、現在、鶴見副官房を頼っています。万が一、鶴見副官房にバレてしまうと‥‥‥。」
「バレてしまうと?」
幸信は、首を傾げながら問うた。
「鶴見副官房は、アメリカと繋がっております。そうなると、アメリカにこのファイルが奪取されてしまうかもしれません。」
「あの、なぜ、アメリカや中国はこのファイルを狙っているんですか?」
「アメリカや中国も独自の方法で上界についての情報を集めています。そして、私達が得た情報ですと、上界に攻め入る気らしいのです。上界には、人智を超えた能力や技術が手に入ると言われています。それらを盗み独占して、この世界の覇者として君臨したいという魂胆らしいです。そして、現在、最もこの世界で上界について詳しい文献が、この秘密の贈り物と思われているため、さらなる情報収拾のため、このファイルを探しているのです。」
「そんな、では、このファイルがあると、いずれ争いが起きてしまうということですね。」
「そうです、人の欲望は留まるところを知りません。己が利益のために神の力まで利用しようというのです。ですが、貴重なファイルですので、捨てることだけは勘弁してください。隠し通せれば問題ありませんので。」
「分かりました。なんとかしてみます。」
幸信は、そう言いながら、吉田秘書官をまっすぐ見つめ、頷いた。
「あの〜。」
ゆっくりと申し訳なさそうに結衣が手を上げながら質問した。
「そういう話ですと、私にその秘密をバラして大丈夫なんですかね。」
「まあ、理屈で言うとよろしくないんですけど、後で、生贄通知の章を見ておいてください。少しばかり理由が分かってもらえると思います。」
「そうですか。分かりました。」
「わしは、あまり認められん。」
おじいが、急に口を挟んだ。
「こんな危険なもの、幸信達に預けるなんて正気だとは思えぬ。」
「鍛造局長、我々も、できれば彼らを巻き込みたくありません。ですから、鍛造局長と久代さんにも共有しているのです。お二人は武芸の達人です。いざとなればお二人を守ってくださると。」
「そんな、身勝手な要望があるかいな。ただ、もうわしらは知ってしまったわけだ。後戻りができん。しかも、今わしらが欲しい情報がそのファイルにあると言うことだ。仕方がない、か。」
「ご了承いただけて、幸いです。」
沈黙が食卓を包む。
「お話は一旦切り上げて、少し冷めてしまっていますけど、ご飯を食べましょ。」
「すみません、長々と話してしまい。」
吉田秘書官は、謝罪すると黙々と箸を進めた。皆、各々思考を巡らせながら食したため、静かな晩餐となった。
食後、すぐに吉田秘書官は、五ノ神家を去ろうとしたが、一つ忘れていたことを思い出した。
「そういえば、幸信君、この
そう言い残して、吉田秘書官は去っていった。
そして、幸信達は、生贄通知についてファイルを調べ始めるのであった。
ドーバー海峡の橋の上で 根津白山 @OSBP
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