第5話 制約

「起立、礼、さようなら」


「「さようなら」」


「結衣ちゃーん、帰ろー」


教室のドアから、幸信の親友で、正樹の彼女である神楽優里が、快活に本郷に声をかけた。 


そして、優里の声に導かれて、クラスの男子のほとんどが優里の方を見た。それもそのはず、優里は学年で最も美人な女子の1人として認識されていた。

男子達は、鼻の下を伸ばしながら、目の保養と言わんばかりに、優里を見つめた。


優里は、教室の中に入ると、本郷のそばまで寄ってきた。


「結衣ちゃん今日用事ある?途中まで一緒に帰らない?」


「優里ちゃん今日は、雅楽部の活動ないの?」


優里は、雅楽部という珍しい部活に属しており、和琴を担当していた。


「今日は、部活休みなんだ〜、だから、帰りにバトミントンやってくんだけど、途中まで帰らない?それか、結衣ちゃんもバトミントンやってく?ラケットなら貸すよ!」


「ごめん、今日もレッスンあるんだ」


「ヴァイオリンのレッスン?」


「そう、毎日先生にレッスンしてもらってるんだ。あ、だけど、途中までなら一緒に帰れるよ」


「じゃあ一緒に帰ろ〜、あ、幸信は今日居合の稽古あるの?」


優里は、急に幸信の方に振り返り、幸信の机に手をつき、前のめりになりながら聞いてきた。


「今日は、ピアノを少し弾いてから居合いの稽古があるから」


幸信は簡潔に返答し、そそくさと教室を後にした。


周りの男子や女子からこそこそ話しが聞こえてきた。

幸信は教室などで優里に話しかけられるのが苦手だった。小学校、中学校でも優里と仲良く話すだけで、周りから嫉妬の目で見られ、疎まれることが多々あった。

優里は、気にしないことが一番というが、幸信にとってはとても気になることだったため、仕様がなかった。


「幸信君、なんだか怒ってなかった?」


本郷が心配そうに優里に尋ねた。


「大丈夫、いつものことだから。私としては、もうちょっと心を強くして欲しいんだよね。でないと、これから生きずらいだろうし。」


本郷は、優里の発言から、幸信が周りの反応を気にして素っ気なくなったと感づいた。


「私と話す時も、本当は嫌なのかな?」


「そんなことないよ、幸信は結衣ちゃんと話すの楽しみにしてると思うよ。あとは幸信が自分で解決しないといけない問題だから、結衣ちゃんが気に病む必要はないよ。それより、帰ろっか。」


帰り道、本郷は先日幸信に話したように、プロを目指していることなど優里に伝えた。


「結衣ちゃんめっちゃ凄いじゃん、自分の夢を見定めて、それに向かって努力できるなんて、凄い!」


「そんなに、すごくないよ」


「いやいや凄いよ。それじゃあ、今度の文化祭のコンテストとかも出たりするの?多分出たら優勝できるんじゃない?」


「あ〜、面白そうだなとは思ったんだけど‥‥‥」


「だけど?」


「いきなり1人で出るのもなんだし、私、幸信君のピアノを聴いてたら、一緒に弾きたくなっちゃって、今日誘ってみたんだ、一緒に二重奏しないかって?!」


「え!?幸信を誘ったの?!」


「え、え!?やっぱりまずいことだった?本人も嫌そうだったんだよね。あ、私地雷踏んじゃったかもって後悔してるんだ。」


「いや、幸信のピアノもプロ級だし、2人がコンテスト出たら優勝間違いなさそうだし、むしろうちらがお金を出して、コンテストに出てもらわないといけないような感じだし。だけど、とってもいい案だと思うけど、幸信はやらないと思う。」


「やっぱそうだよね」


「幸信何か言ってた?」


「制約がどうたらこうたらって言ってたけど、詳しくはわからないんだ」


「結衣ちゃんになら言ってもいいかな、幸信のご両親が亡くなってるのは知ってる?」


「うん、知ってる。この前ちょっと色々あってその時教えてもらった」


「そのご両親がね、亡くなる日の朝、幸信にね、愛してる、目立たないでくれって言ったんだって、それが幸信にとっては遺言になってて、昔はピアノコンクールで優勝したりしてたけど、ご両親が亡くなってからは目立たないように、コンクールとかは一切出てないんだ」


「そうだったんだ。私、困らすようなことを言っちゃったんだ。申し訳なかったな」


「いやいや結衣ちゃんは悪くないよ、私もね、幸信にはもう少し自由にして欲しいと思ってるんだ。昔の幸信はね、生き生きとしてて、かっこよくて、めちゃくちゃモテて、みんなの注目の的だったんだよ。幸信がピアノを弾けば、みんながうっとりと聞き入ってたんだ。ご両親の遺言を破れとは言えないけど、もう少し昔の幸信を取り戻して欲しいなって思うんだよね」


「昔の幸信君か〜見てみたいな。多分好青年って感じなのかな」


「私もね、正樹と付き合ってなかったら、コロッと落ちてたかもしれない」


わははは、と笑いながら優里は本音を吐露し、まだ少しばかり肌寒いそよ風が、優里の笑い声を夕焼けに運んだ。


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