第9話 闘志

本番当日の朝5時、いつもより早く幸信は目を覚まし、今日のコンサートに向けての燕尾服などの準備をしていた。


コンサートは、本所勇人がピアノを弾くということで、学校に併設されている1,000人収容可能なコンサートホールにて執り行われることになり、生徒だけでなく生徒の親も希望すれば、観覧可能となっていた。


そして、コンサートの最後には、投票を行い、勝者を決める手はずになっていた。


「幸信、私とおじいさんも見に行きますからね、夕方5時からだったわよね」


「そうだよ、5時からだよ。久々に人前で弾くから緊張する」


「あんたなら大丈夫だよ、できるから大丈夫」


「そうだぞ、幸信、お前が決めたことだ、後悔せず前に進め」


おじいとおばあは、幸信を抱きしめ、頑張りなさいと檄を飛ばした。


「じゃあ、行ってくる」


そういうと幸信は家のドアを開けた。


「おーす、ゆっきー」


「幸信、遅いよ」


「幸信君、おはよう」


ドアの前には、正樹や優里、本郷が幸信を待っていた。


「え、どうしてみんないるの?」


「どうしてって、ゆっきーの男をかけた勝負の日に俺が付き添わなくてどうするんだい」


「はいはい、正樹は黙ってて」


優里が正樹の言葉を一蹴した。正樹は、なんだかつまらなさそうにがっくししていた。


「幸信が心配だったのよ。あと、大切な日に誰かに怪我させられたりしたら大変だし、見守りにきたの」


「いやいや、そんなことしなくても、自分は大丈夫だよ」


「念には念よ」


「本郷さんは?」


「私は、その」


「幸信、やわなことを聞くんじゃないわよ。本郷さんも幸信のことが心配だったからに決まってるじゃない」


「その、私が来る資格なんてないと思ったんだけど、それでも、幸信君が心配で、そばにいたくて‥‥‥」


「そうなん、だ‥‥‥。みんなありがとう。それじゃあ行こう」


学校に着くと、昇降口に本所勇人が待ち構えていた。


「幸信先輩一週間ぶりです。怖じ気つかないで今日学校に来たことは褒めてあげます。ただ、勝つのは私です。今ならまだ恥をかかずに済みますよ」


「君のその減らず口は、いかがなものかと思うけど、君のおかげでみんなの前でピアノを弾く決心がついたよ。ありがとう、だけど君には負けないよ」


「ふん」


本所は、幸信のまっすぐな視線を切り、これ以上話すことはないと態度に示しながら去っていった。


「ゆっきー、今日はかましてやれよ」


「そうよ幸信、絶対負けないでよ。それじゃあ、また後で」


そういうと、正樹と優里は自分の教室に向かった。


残された幸信と本郷は、一緒に教室に向かった。


教室に向かう途中、本郷が突然「あ!」と言葉を発した。


「どうしたの本郷さん」


「幸信君に伝えるの忘れてた。今日、私のヴァイオリンの先生の中牟田先生もいらっしゃるって。前々から幸信君のこと知ってたみたいで、また幸信君のピアノを聴きたいって言ってたっけ」


「え?本当に!?それが今日聞いた中で一番緊張する」


「ごめん、余計なこと言ったよね」


「ううん、教えてくれてありがとう、あんな有名な先生にも聞いてもらえるなんて燃えてきた」

いた。中に入ると相変わらず冷たい目線が降り注ぐ。


——あいつ、本郷さんと登校したのかよ。


しかも、今日は本郷と登校したことにより、冷凍視線倍増デイであった。


幸信が着席してから、3分後くらいに担任の中牟田が入ってきた。


「今日は少し早いけど朝のホームルームを始めるぞ。みんないるな」


今日はコンサートのため、変則時間割となっていた。


「えっと、今日は、特に注意事項などはないが、放課後にうちのクラスの五ノ神と一年の本所が行うコンサートがある、うちのクラスのほとんどが見に行くことになっているが、開演15分前までには席に座っておくように。後、五ノ神、頑張れよ。先生は久々にお前のピアノを聞けると聞いて楽しみにしているぞ」


——え?先生が自分のピアノを知ってる?


「センセ〜、先生って五ノ神と昔知り合いだったんですか?」


「なんだ、五ノ神、クラスのみんなになんも言ってないのか?まあいい、後でわかることだ、みんなも楽しみにしておきなさい。それじゃあ今日のホームルームはここまで」


そういうと中牟田は去っていった。


中牟田の意味深な発言のため、さらに奇々怪界な視線が幸信に集まった。


「あの!」


本郷が突然大声をあげながら立ち上がった。


「皆さん、そんな目で幸信君を見るのをやめてください。幸信君は、みんなが想像するようなひどい人ではありません。世界中の人が憧れるピアニストなんです」


本郷の急な訴えに周りの生徒は狼狽した。


「本郷さん、落ち着いて」


「どうしたの本郷さん急に」


「本郷さんそんなに熱くなってどうした」


「多分、五ノ神君に弱みを握られているか、洗脳されてるんじゃね?」


本郷も、散々な言われようだった。


「本郷さん、ありがとう、もういいよ」


幸信は、本郷の袖を引いた。耐えられなかった。自分のせいで本郷がいわれもないことを言われるのが、自分が貶められるよりも。


「でも、幸信君」


「大丈夫、今日で変わるから」


本郷は、幸信に今のままではダメだよと言おうと思ったが、それ以上言葉を発することができなかった。幸信の目が、本郷を圧倒した。幸信の目の奥に青い炎が見えた。その目は、精神を極限まで引き上げ、絶対的な集中、熱烈な熱意を秘めた目であった。


本郷は、その目をする人を見たことがあった。世界ヴァイオリンコンクールを見に言った時に、演奏者を見た時、その目を見た。『俺を見ろ、俺を魅ろ、俺の音で心を震わせろ。』全ての人の視線、心をクギつけにする気迫であった。今の幸信は、それを彷彿とさせる目をしていた。


幸信は、久々の演奏に燃えていた。

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