第2話 last music

「正樹、急に入ってくるなよ」


「えーそんなにつれないことを言うなよ〜、それよりいつの間に本郷さんとそんなに仲良くなったんだよ。俺に一言くらい告げてくれてもいいだろ」


「そんな義理がどこにあるんだよ」


幸信が不機嫌そうにすると、正樹の後ろからもう一つ声が聞こえてきた。


「幸信邪魔してごめんね、止めたんだけど正樹が言うこと聞かなくて」


正樹の後ろから現れたのは、正樹の彼女で、かつ幸信と幼馴染でもある優里であった。


「あー優里か、まあ、聴きにきてくれるのは良いんだけど、正樹はうるさい」


「あはは、そうだよね〜」


優里は苦笑しながら、ウンウンと幸信に賛同した。


「おいおいおい、優里は俺の味方じゃないのかよ!」


「私は、幸信の味方ですよ〜」


「そんな〜。もっと優しくしてくれよ〜」


正樹は膝から崩れ落ちた。


「ふふふ」


幸信が毎度お馴染みの夫婦漫才を見ていると微笑ましく見ていると、横にいた本郷が急に笑い出した。


「愉快で楽しいお友達ね」


そう言いながら、幸信の方を見るとにっこりと笑った。


その微笑みに呼応して、幸信は苦笑してみせた。


「おーーやっぱり急激に距離が近づいてるやん。なになに、音楽は心と心を通わせる触媒ってか?」


正樹がニヤニヤしながら、幸信と本郷に突っかかってくる。


「正樹やめなさいよ」


それを優里が、正樹の頭部にチョップしながら諌めた。

そして、優里が優しい顔をしながら幸信に話しかけた。


「それにしても、久々に幸信の本当の音を聞けたような気がしたわ。あなたが本郷さんね、私、神楽優里って言います。この2人とは幼馴染みたいなものなの」


「初めまして、本郷結衣です。今日転校してきました。ちなみに、幸信くんの本当の音ってどう言う意味か聞いても大丈夫ですか」


「結衣ちゃんね、敬語じゃなくいて良いよ、私のことは優里って呼んで。幸信の音ってなんだか無機質な感じがしなかった?本人は自分の感情をめいいっぱい乗せてるつもりらしいんだけど」


「まあ、確かに、何か悲壮感的なものは感じたけど‥‥‥」


本郷は幸信の方をちらりと見ながら優里の質問に答えた。


「まあ、幸信の過去の音はもっと豊かで有機的で人を虜にするような音だったのよ。ピティナとかコンクールに出て優勝するくらいすごかったの」


「え、幸信くんそうなの!?すごい!!」


「もうその話はいいだろ、そろそろ午後の授業が始まるからもう行こう」


幸信は、バツが悪そうに、会話を強制的に終わらせるためにみんなが音楽室から出て行くように急かした。


「毎回この話題を出すとすぐに切り上げようとするんだから」


優里はほっぺを膨らませながら、不満を漏らしたが、はいはいと言いながら正樹と一緒に音楽室を後にした。


キーンコーンカーンコーン


そして、ちょうど学校の予鈴もなった。


「本郷さんも早く教室に行こう」


「ヴァイオリンをすぐに片付けるからちょっと待ってて」


本郷は慌てながらも、丁寧にバイオリンを拭きケースにしまい、幸信と一緒に教室に戻った」


——————


帰りのホームルームが終わると、クラスメートは各々の部活に向かっていった。


幸信は、当然どこの部活にも所属していないので、帰宅部である。


一方、今日転校してきた本郷は、4、5人の男女から部活の勧誘を受けていた。絶大な人気である。


「ヴァイオリンのレッスンがあるから、部活には入れないの、ごめんね」


本郷は、そう言って勧誘を申し訳なさそうに断っていた。


え、そうなんだ、ヴァイオリンやってるんだ、それなら仕方ないねなど、を述べながらクラスメートは去っていく。


そして、教室には、幸信と本郷だけが残った。


「幸信くんは、部活行かないの?」


「俺は帰宅部だから」


「そうなんだ、それじゃあ、途中まで一緒に帰らない?」


「いいよ」


そういうと、2人は一緒に下校し始めた。2人は二重奏で少しは親密になったかと思いきや、振り出しに戻ったかのように、沈黙が2人を包み込んだ。


「本郷さんって、毎日レッスンあるの?」


話題が見つからずあくせくしていた幸信は、下校開始してから3分後にやっと幸信は一つ話題をみつけた。


「そうだよ、毎日レッスンあるのよ」


「誰に見てもらってるの?」


「えっとね、中牟田幸代先生っていうんだけど、知ってるかな?」


「え?!中牟田幸代先生って、あの世界コンクールで一位を取り、大御所のカラヤンとも共演したことがあるっていう?」


「そうそう、よく知ってるね」


「知ってるも何も有名人じゃないか、そんなすごい人にレッスンしてもらってるなんて、もしかして本郷はプロのヴァイオリニストを目指してるの?」


「えへへ、そうなんだ、まだまだ夢までは遠いけど」


「いや〜すごいよ、確固たる夢を持っていて羨ましいな、てか待てよ、中牟田って苗字、うちらの担任と同じだけど‥‥‥」


「あれ、気づいてなかった?中牟田幸代先生は、担任の中牟田先生のお母様よ。前までは、静岡から週一で幸代先生のところまで通ってたんだけど、プロのヴァイオリニストを目指すには、芸大への受験を睨んで、さらに本腰を入れたほうがいいとのことで、毎日レッスンが受けられるように、こっちに引っ越してきたの。そして担任中牟田先生のご厚意で、この高校に編入させてもらったの」


「そうだったんだ、なるほどなるほど」


「幸信くんはレッスンとかしてないの?」


「自分は、前まではしてたんだけど、色々事情があってやめちゃった。」


「あ、そうなんだ、余計なこと聞いてごめんね」


「いや別にいいよ、本郷さんが気にするようなことじゃないよ」


「あ、それじゃあ私、こっちの道だから、また明日ね、今日はありがとう楽しかった」


「あ、うん、また明日」


そういうと、幸信と本郷は別々の道を辿り帰路に着いた。

夕方の暖かな光が当たりを満たし、その中をゆっくりと噛み締めながら幸信は歩いた。


「あ、そういえば、明日土曜だから、休みじゃん」


土曜で学校が休みにも関わらず、また明日と別れの挨拶をした幸信は、恥ずかしさでいっぱいになりながら帰路についた。

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