第13話 勝敗
「では、投票に移ります。学校のホームページに、投票フォームを開設しておりますので、そちらから投票よろしくお願いします。本所君と五ノ神君はピアノの前までお進みください。」
本所勇人は、もう一度ステージに出ると、ピアノの前まで行き、無言ながらしっかりと幸信の目を見据えて握手を交わした。
「それでは、集計をストップします。これより結果発表に移ります。本所勇人と五ノ神幸信のどちらの演奏が、良いと思ったか。結果‥‥‥。」
全員が固唾を飲んで見つめる。
「本所勇人、224票、五ノ神幸信、643票、よって勝者は五ノ神幸信!」
「おーーー。」
大歓声が湧き上がる。一体聴衆のどれくらいが、幸信が勝つことを予想していただろうか。
「すごいぞ幸信〜。」
おじいやおばあや幸信と親しい間柄の人達から歓声が上がる一方、
「え、本所君が負けたなんてありえない!」
など、現状を受け入れられない親衛隊などは、悲愴な顔をしながら抗議の声を開けている。
「それでは、勝者の五ノ神君に一言挨拶してもらいたいと思います。それでは、どうぞ。はいマイク」
「え、いきなり、どうも、本日はお集まりいただきましてありがとうございます。今日は皆さんに、ベートーヴェン、ピアノソナタ8番、悲愴を聴いていただきました。少し昔話をさせていただきますと、この曲は思い出の曲でもありまして、昔、少しばかりピアノの大会などに出ていた時、弾いた曲でして、寝食を忘れるぐらい四六時中必死に練習した思い出の曲です。この曲を皆さんの前で演奏させていただいいたことも幸いですし、何か少しでも皆さんの琴線に触れる演奏ができたなら嬉しく思います。それと、皆さんにご報告があります。今度の文化祭のコンテストで私と、本郷結衣とのヴァイオリン・ピアノ二重奏で参加します。また、皆さんに演奏を聴いていただけますと幸いです。」
「え、幸信君、一緒に弾いてくれるんだ‥‥‥。」
本郷は、小声で呟いた。新緑を爽やかに揺らす風に包まれるような心地になった。
「それでは、演奏会は終了させていただきます。」
優里の司会により演奏会は終了したのであった。
幸信と勇人は一礼をした後、舞台袖へと戻ってきた。
ぱちぱちぱち
舞台袖の裏方の人たちが拍手で2人を迎えた。
「幸信先輩、まあまあな演奏でしたね、今回は私は本調子ではなかっ——。」
本所勇人がいつも通りの口調で、意気揚々と話し始めた途端、勇人の言葉は物理的に遮られた。
「勇人、あんたまたそんなこと言ってるの!?」
ぺちーんと、勇人の頭にスリッパがクリティカルヒットした。
「ごめんね。幸信君。」
そこには、先日音楽室にやってきた謎の女子生徒『沙耶』が立っていた。
「あなたは先日の——。」
「お姉ちゃん痛いよ。」
『えっ?お姉ちゃん?』
舞台袖にいた一同は、驚きの声を上げた。
「あ、そういえば自己紹介してなかったわね。私は本所沙耶と申します。勇人の姉です。ちなみに高三よ!」
沙耶は、腰に手を当て、体少し曲げ、色っぽく自己紹介した。
「勇人君のお姉さんだったんですね。」
幸信が納得がいったような声色で話しかけた。
「幸信君、君の演奏はいつ聞いても特別ね。あなたが小学生の時に出てたコンクールも私たち見に行っていて、あなたの大ファンになったのよ。」
「え!?そうだったんですか?」
「しかも、勇人ったら、あなたの演奏を聴いて、あなたみたいになりたくて、ここまでピアノを頑張ってきたのよ。今回の演奏会も、なんとか幸信君の生演奏を聴きたいと思って、幸信君を挑発したらしいのよ」
「お姉ちゃん、でまかせ言うなよ。」
「何言ってるの。さっき、勇人の彼女の優奈ちゃんから聴いたんだから。それに、幸信君のCDをダメにするくらい聴いてたじゃない。今日だって生演奏が久々に聴けるってウキウキだったし、今日は幸信君の演奏を密かに録音しておいてとか言ってたじゃない。」
「あーもう、言わないでよ。」
「そうか、だから本所君の音楽からは、自分と同じような感じがしたのか。」
「ほら勇人、サインもらわなくていいの?憧れの幸信君だよ。ほら、勇人が好きな幸信君のピアノ曲集のCDよ。」
「え、うん、あの、幸信先輩、サインをもらってもいいですよ。」
「勇人、ちゃんとしなさいよ。」
「幸信先輩、サインください。」
「自分のサインなんかでいいの?」
「幸信先輩のサインがいいんです。」
幸信は、悠人が持っていたCDにサインした。
「サインとか久々だったから、ちょっと変になっちゃったけど、どうぞ。」
「ありがとうございます!」
勇人は、子供のような笑顔になり、サインが入ったCDを大切に抱き締めた。が、すぐに現実に戻り、恥ずかしさを隠すために幸信に突っかかるようにまくし立てた。
「私は、勝負に負けました。ですので、今後一切本郷先輩には関わりません。これでいいですか?だけど、幸信先輩、次は絶対負けませんからね!」
「そんな、別に本郷さんとも僕とも好きに演奏すればいいよ。そうすれば君の演奏の幅も広がると思うよ。」
「え、いいんですか?あんなに、挑発的なことを言ったのに。」
「本郷さんがいいならいいんじゃないか?どう?本郷さん。」
幸信は、舞台袖入り口の方を見た。そこには、勝負が終わった後の幸信を祝おうと詰め掛けてきていた本郷がいた。
「え、あ、うんいいよ本所君。今度、二重奏でもしよ。」
「本当ですか!?ありがとうございます。ぜひお願いします。」
「は〜い、じゃあ、勇人、敗者はとっとと帰りましょうか〜。家でピアノを練習する時間がなくなっちゃうよ。それじゃあ皆さん、ごきげんよ」
「え、まだ、沢山話したいことが——。」
勇人は、姉の沙耶に手を引かれ、コンサートホールから出て行った。
「今の時代にごきげんようって言う人初めて聴いた。」
幸信はポツリと呟いた。
「幸信君、おめでとう。」
本郷が、幸信に声をかけた。
「ありがとう本郷さん。」
「幸信君の演奏って、いつも聴いてる演奏よりも数倍ロマンチックで迫力があったわ。」
「久々だったから、全然思うように弾けなかったよ。」
「あれで、全然だと、本気の演奏だとみんな失神しちゃうかもね。それと、文化祭のコンテストの二重奏、一緒に弾いてくれるの?」
「そりゃもちろん、そのための勝負だったわけだし。」
「あのね、私、幸信君の親の遺言について知ってて‥‥‥。」
「そのことを心配してくれてたのか。それは大丈夫、遺言を破ることにはなるけど、もう、自分の道は自分で決めることにしたんだ。」
「そうなんだ。じゃあ、未熟者ですが、よろしくお願いします。」
「いやいや、こちらこそよろしく。」
幸信と本郷は、お互いに隠しきれていない照れ臭さを周りに漂わせていた。
そこに、正樹もやってきて、からかってきた。
「おーお熱いですね。」
「からかうなよ正樹。」
「いや、俺は事実を言ったまでだよ。ね、優里。」
優里は微笑みながら、軽く頷いた。
「それより、幸信、打ち上げしようぜ。もう予約してあるから、サイザリア。」
「おーいいね、行こう、本郷さんも行く?」
「うん、ぜひ、今日はレッスンお休みにしてもらってるんだ。」
「よーし、それじゃあ打ち上げに行こう!」
幸信は、久々の演奏の余韻に浸りながら、皆と一緒に打ち上げに向かった。
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