第14話 約束

本所勇人との勝負の翌日から、幸信の周りの対応は刷新していた。


幸信が、世界的な実力を有したピアニストであることや、本所勇人の憧れの人など、これまで幸信が隠してきた事柄などが一晩のうちに広まっていたのだ。


朝から幸信の周りには人だかりができていた。


「幸信君って本当はすごい人だったんだね。」

「これまで、邪険にしてごめんね、それはそうとピアノのこととかもっと早く言ってよ。」

「幸信君に今度ピアノ教えて欲しいな。」


などなど、閻魔様もびっくりなほどの手のひら返しであった。


幸信はというと、これまでの皆の対応は水に流そうと決めていたため、これまでと同様な普通の対応をしていた。ただ、少しばかりの煩わしさを感じながらも、気にするほどではなかった。


ただ、唯一気がかりだったのは、休み時間もひっきりなしに、幸信の周りに人だかりができるため、本郷さんとあんまり話す時間を設けることができないことである。幸信は、早く本郷さんと今度のコンテストの打ち合わせをしたかったため、昼休みの到来を今か今かと待った。


キーコンカンコーン


チャイムが昼休みの訪れを告げた。


幸信は、人が自分のところに集まる前に、音楽室に篭ろうとすぐに動き出した。


「本郷さん、先に音楽室に行ってるね。」


「あ、幸信君私もいく。」


予想外に、本郷も幸信と一緒に音楽室に行くと言ったので、2人で早足で、音楽室に向かった。


なんとか、群衆に捕まることなく2人は音楽室に辿り着いた。そして、幸信は音楽室の鍵を閉めた。


——カシャ


「え?幸信君?」


本郷が驚いた顔で幸信を見た。


「え?ただ、他の人が入ってこないように‥‥‥、あ、変なことはしないよ。」


「え、あ、ごめん、鍵を急に閉めたものだから、少しびっくりしちゃった。」


「誤解させるようなことして、ごめん。じゃあ、気を取り直して、今度のコンテストの打ち合わせをしよう!。」


「私ね、一緒に弾きたい曲があるんだけど、いいかな?」


「いいよ、本郷さんが弾きたい曲って気になる。」


「リストの『愛の夢』とメンデルスゾーンの『ロンド・カプリチオーソ』なんだけど、どうかな?」


「おー、『愛の夢』と『ロンド・カプリチオーソ』ね、しっとり系と激動的な曲の2曲か〜いいね!」


「この前の幸信君の演奏を聞いて、幸信君の演奏って、人の心を震わせ、魅了して、幸せに導く演奏な感じがして、烏滸がましいかも知らないけれど、今度のコンテストで、みんなの心を甘やかに溶かして、みんなに幸せな気分になって欲しいんだよね。この世の中って幸せなことばかりじゃないけど、それでも、人は幸せでいる権利があると思うから。ピアノを聴いている時ぐらい幸せになって欲しいから、私はそのお手伝いをしたいの。」


「そうなんだ。自分はそんなこと、考えたことなかった。ただ、自分が弾くと喜んでくれる人がいたから、ただ弾いてただけだった。」


「幸信君も多分同じだよ!私と、同じだと思う。幸信君も、人の幸せのために弾いてたんじゃないかな。」


「人の幸せのため、か。そうなのかな、そうだったらなら、気分がいいね。それじゃ、この二曲ををやろう!」


「ありがとう、それじゃこれ楽譜ね!」


本郷はすでに譜面を用意していた。そして、幸信にピアノ譜を渡し、ヴァイオリン譜を譜面台に置きながら呟いた。


「幸信君とも……」


「じゃあ、練習しようか。え、ごめん本郷さん何か言った?」


幸信の声が、本郷がかすかに言いかけた言葉を遮ってしまった。


「いや、何でもない、大丈夫だよ。」


本郷は、顔を紅潮させながら誤魔化した。


幸信は、本郷が何を言おうとしたのか気になったが、深くは問い詰めなかった。


二人は、曲への認識を共有しながら、ここではこう弾きたい、こっちはゆったりと悲しさを表現しながら弾きたいなど、楽しく議論しながら曲を作り上げていった。


あっという間に楽しい時は過ぎ、昼休みが終わった。


「あ、もうこんな時間、5限に間に合わなくなっちゃう。」


本郷が慌てて、ヴァイオリンを片付けだした。本郷がヴァイオリンを片付ける最中に、幸伸は本郷に今後の予定について話しかけた。


「本郷さん、今日の放課後は、練習しない?あと、明日から毎日朝と昼と放課後練習する?」


「あの、練習もいいんだけど、今度のコンテスト用のドレスを新調したいなって思っていて、今日、買いに行こうかなって」」


「そうなんだ、じゃあ本格的な練習は明日からにしよう。」


「あ、それで、その、新しいドレスを、幸信君に選んで欲しいな〜って思ったり‥‥‥。」


「え?自分が!?」


「やっぱりダメかな、幸信君が好きなドレスを着たいなって。」


「自分の好きなドレスって、本郷さんが好きなドレスの方がいいんじゃない?」


全く、相手の感情を読み取ろうとしない幸信であった。


「いや、その、私が、幸信君の選んだドレスを着たい、の」


これでは埒が明かないと思った本郷は、率直に考えをぶつけた。


「え、そうなの?、‥‥‥分かった。今日の放課後買いに行こっか。」


「じゃあ、帰りに駅前のデパートに行こ!あ、後、先に宣言しておくと、これはデートでもあります。」


そう言うと、本郷は恥ずかしそうに、一人先に駆け足で、教室に戻っていった。


幸信はと言うと、本郷からの不意の発言により、脳がオーバーワークとなりピアノの前に突っ立っていた。


そして、予鈴を知らせる鐘が、校内に響き渡った。


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