第13話 恩

 内科の病室は五階だった。ラミネートの白い廊下の先にジョーのおじいさんの病室はあった。


 まだ容態はかなり悪く、どうにか小康状態を保っているといったようで、眠っているときの方が多かった。


 エンゾとジョーはナースに会釈し大部屋の病室に入る。


 窓際のベッドで眠っているジョーのおじいさんの横に訪問客がいた。


 小さな丸い椅子に巨体を尻で支え座っている坊主頭の中年の男性だった。つややかな革のジャンバーは、贅肉で膨れ上がっている。荒々しい感じのする男だったが、赤ら顔には人の良さそうな微笑みを浮かべおじいさんを見つめていた。


 しんとした病室に突然のジョーの甲高い怒鳴り声が響き渡った。

「ミノク! てめー! ぬけぬけとこんなところで何してるんだ!」

 ベッドで寝ている患者達が一斉に飛び起きた。


 しかし、おじいさんは死人の様に眠っていた。


 ジョーは片隅に無造作におかれていた点滴のパイプ台をブンっと掴むと高々と頭上に抱えあげ、大男に殴りかかっていった。


 機械の腕力で思いっきり鉄のパイプを男の頭めがけて振り落とす。

 だが、男はいとも簡単に両手で受け止めた。


「病室で、暴れるんじゃねぇ。迷惑がかかるじゃねえか」ドスのきいた低い声で言う。

「じいちゃんの家を焼いた恨みと俺の身体をばらばらにした仕打ち、ここで晴らす」

 アドレナリンの急激なアウトプットで、ジョーは肩で息をしている。腕が震えているのが見える。 

「俺がやったんじゃないって。じいさんには恩があってな。だからこうやって見舞いにきたんだ。ここじゃ、話はなんだから場所かえてしないか?」男は立ちあがり、ジョーを落ち着いた態度で見下ろす。


 

「分った。話をきこう」ジョーは点滴のパイプから手を離す。


 ミノクと呼ばれる男はやれやれといった面持ちで、重い点滴台を床に置いた。


 さっきの騒ぎをききつけ、病院のスタッフが集まりだした。


 婦長らしい髪をまとめた初老の女性が事情を話すようにエンゾに詰め寄る。ミノクという巨漢がずいと前に歩み寄る。

「すまん。なんか誤解があってな。俺等は失礼するんで、道を開けてくれないか?」


 命令を聞くかのように、人だかりの中央が開き、3人は注目を浴びながら病室を後にした。


 二メートルもある大男、ボーイッシュな美少女、そして普通の青年の取り合わせは、人の目を引きっぱなしだった。やっとのことで病院の入り口を出る。


 ふっと溜め息をつくのもつかの間、あからさまにギャングだと見受けられる黒服の二人が煙草を吸いながら待っていた。


「ミノク親分! すぐ車を運んできやす!」そう言うと、二人は駆け足で駐車場に向かう。


 ミノクが何か思い出したようにジョーを見て尋ねる。

「それは、そうと、お嬢ちゃんは誰なんだ? 突然、殴り掛かってきたけどよ」

 ジョーは、ちょっと考え込んでから返事をした。

「俺だよ。じいちゃんの孫のジョー。ちょっと事件に巻き込まれて、色々な事情でサイボークになってしまった」

 ミノクは、目を細めてじっとジョーの顔を見た。ガハハハっと大爆笑し、やっと分かったぞと軽く拍手した。

「ずいぶん可愛くなったなー。ジョー。前はふてぶてしいガキだったのによ」

「笑うな!」



 大きなアプローチになっている入り口にメルセデス社製の黒い車がとまる。

「ギルダタウンに行って詳しいことを話す。乗れ」

 ジョーは車に乗り込む。エンゾはボーッと、つっ立っていると、ミノクが手招きして乗るように言う。

「なにボーっと立ってんだ。あんたも乗りなよ」


 エンゾは言われるまま車に乗り込む。何故、乗ったのかは分らない。


 マニュアルの高級車。なぜかマニュアルの方が値段が高く高級車と言われる。マニュアルを選ぶ理由は主に運転するのが好きなマニアックか、オートにはできないとっさの運転を必要とする警察などが使用している。シートはレザー。窓は防弾特殊ガラス。スモークガラスで外から見えないようになっている。


「俺はミノク。ジョーの古い知り合いだ。ジョーが3歳のときから知ってるぜ。すっげえ生意気なガキンチョでよ」

 ミノクは簡単な自己紹介をエンゾにし、大きな手で包み込むような握手した。


 


 

 

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コード・グラウンドゼロ 東城 @Masarutojo

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