第2話 アンソワープ

 家に向かう車の中で考えるのはアンソワープのこと。


 彼女は美しい人形だった。人形職人とロボット工学者の粋の技術を合わせて作られた芸術といえる人工人体。思春期の少女の形をした機械。


 エンゾが彼女を見たのは三年前のことだった。 まだ、アンソワープが魂を持っていたときのころ。


 彼女の持ち主は、ある資産家の令嬢だった。令嬢は細胞が破壊される不治の病に罹っていて、朽ちていく肢体すら大学病院の医師団は食い止めることはできなかった。


 資産家の両親が棺に入った機体を或る日、病院に運んできた。巨額の資金を投資して、どこらで作らせた機体と数十冊もあるマニュアルを医師団に渡した。令嬢の脳を機体に移植をするよう資産家は依頼した。


 人体ドナーや機体への移植は、五十年前の2150年に本格的に施行されたが危険を伴う難解な手術であった。100%安全な移植だと確信は得なかったが、天才外科医ウリス博士と脳外科チームが移植を成功させた。エンゾはその当時、見習いの工学脳外科医だった。


 リハビリが終了後、令嬢は機械の身体で家に帰っていった。

 しかし、一年後脳の細胞の破壊が元で病院で息をひきとった。

 両親は機体を処分するよう病院側に頼んだ。


 これだけ精巧にできた美しい人工人体をスクラップにするのは、惜しく感じた。

 病院の医療廃棄物置き場に無造作に捨てられ持ち主を失った機体をエンゾは家に持ち帰った。そして、アンソワープと名づけた。


 地下室のテーブルの上に安置して、休日は構造などをよく観察してみた。

 関節はとても良くできていて、まるで人間の関節の動きと変わりない自然な動きができるようだった。手を掴み肘を曲げて動きを観察する。驚いたことは、360度回転できる構造だった。


 ボディ内部は合金の骨組みで総重量は百キロにもおよぶ。関節は人工皮膚で覆うことはできなかったようで、白金が直に見えていた。身体は硬化レジンで覆われている。

 顔は、よく見ないと機械だとわからない。生え際や、瞳孔、頚部のつなぎ目をみると、サイボーグであることが判別できた。


 腰まである天使の様なウェーブのかかった金髪。

 人形師がデザインしたわけか、少女らしいというかバレリーナのようなすらりとした体つきだった。胸は平らで当然性器は無い。


 調べていくうちに恋をした。あまりにも美しく精巧な芸術品だったからだ。工学士の頭脳と人形師の美学の統合。


 或る日、彼女の唇に自分の唇を重ねてみた。冷たい無機物の味がした。それさえも心を虜にした。


 ああ、実際に動いたら、心をもったら。気がつくと、いつもそんな事ばかり考えるようになっていたのだった。


 脳移植用に設計されており人工頭脳を組み込むことは不可能なことは、エンゾも知っていた。


 この時代、死は脳死をして宣告され心臓停止ではなかった。


 生きた脳が手に入ればアンソワープは目を覚ます。しかし、それは不可能に近かった。


 不可能が可能になったのは今日。人間の脳を手にいれた。ルールをやぶった。

 考えることはガラス瓶にはいった少年の命よりもアンソワープの事ばかり。


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