第10話 じいちゃん
『彼』が助手席に座り方向を指示する。
アルトン地区は小さなこうばが立ち並ぶ活気のある職人街だった。
車が止まった前にあったのは、焼け崩れた家だった。
彼は車から降りると、黒くすすけた家を見て呆然と立ち尽くす。
足元にはアルミでできた看板がおちていた。
「工房ルシア」
なんとか文字を確認できるほど、ひどく焼けこげていた。
「家が焼けてる。じいちゃんは死んじまったのか?」
両手をぎゅっと握り締め立ちつくしている彼の口から絶望的なつぶやきが漏れた。エンゾは肩に手を置いて慰めようとする。
「車ですこし休んでいなさい。近所の人に聞いて、何があったか調べてくるから」
そう言い終わらないうちに、向かいの工房から老婦人が引き戸を開けて現れた。
「一ヶ月前、火事があって全焼したんだよ。放火じゃないかって警察は言ってたけど、本当のことは誰も知らないんだよ。じいさんなら生きてるよ。でもね、工房も大切な人形も全部燃えちまったし、孫は行方不明だし、生きる希望なくして、朝から酒飲んで、酒場に寝泊まりしてるよ。まるで浮浪者だよ」
エンゾはお礼を言って、婦人が指さした方向にアンソワープと歩く。
ツタがからまった薄汚い小さな酒場があった。
暗い店内の片隅で、ひげののびきった老人がテーブルに頬杖をついて、瓶に直に口をつけ、どうでもいいといった様相で酒を飲んでいた。
エンゾたちは、そのテーブルの向かいの席におずおずと座る。
「あー。おめえらなんだ? ここはアンタみたいな身なりの良いやつが来るとこじゃねえよ」
酒臭い息が鼻についた。
「僕はエンゾ・ヨキルスク、医者です。実は、お孫さんのことで……」
言い終わらないうちに、老人はおいおいと男泣きを始めた。
「死んじまったんだろ。分かってるよ。誘拐された後、ジョーの切断された両手が小包でワシの家に送られてきたんだ」
老人はごほごほと咳込んだ
アンソワープは無言でエンゾの袖を引いて外に連れ出した。
「どうする? お爺さんに君のこと話していいのかい?」
「止めとくよ。じいちゃんは、職人気質のプライドの高いマイスターだった。なのにあんなに変わってしまうなんて。俺が、こんな姿になったこと知られたくないし。じいちゃん、身体壊してるみたいだから診てやってくれよ」戸惑った様子で、でもはっきりと言った。
「分った。その代わりに暴力を振るうのは、やめるって約束してくれる? さっき首絞められたときは死ぬかと思った」
「分った、ごめんなさい。もうしないから」
酒場に戻ると、老人はテーブルに突っ伏して寝ていた。泥酔しているのかと思い、肩を揺すっても返事はない。
先ほどは気がつかなかったが老人の手を見ると異様に黄色い。
黄疸がでている、これは救急車を呼んだ方がいい、とっさに判断した。
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