第8話 リハビリ
家でアンソワープのリハビリテーションが始まった。歩行練習が主な日課だった。
字を書いたりボタンを押したりする手の動きは直ぐに元に戻り、何の支障もなくできるようだった。一週間で、なんとか普通に歩けるようになり、人の手を借りずに階段も手すりにつかまって上れる様になった。
彼女は長い髪をもてあましていた。エンゾは鏡の前で彼女の髪を櫛でとかしてあげる。
鏡に映る美少女と平凡でつまらない男。
いつの間にか二十九歳になっていたとエンゾは心のなかで呟く。毎日毎日衰えていく顔。あと数年もすれば、白髪も増えておじさんのような顔になる。
背は普通で少し痩せ気味の貧相な身体。髪は面倒なので短く刈ってある。父譲りのとんがった鼻はあまり好きではない。黒い髪に青い目……これは遺伝の順列を一つとんで祖父から譲り受けたようだった。
サイボーグのアンソワープは永遠の少女。歳をとることはない。華麗な十代半ばの姿が朽ちることはない。
ジーンズとTシャツを着ている彼女。昨日、買った薔薇の刺繍が豪華にされた薄いピンクのドレスを着せたら、どんなに奇麗なんだろう。
機会があったら着てもらおう。
「おい、先生よお。髪が長いって面倒だな。女ってメンテナンスが大変だな」
そんな言葉で我に帰る。お願いだから、しゃべらないで欲しい。幻想が壊れるから。
「アンソワープ。ちょっと言葉遣い気をつけてくれないか?」
「俺の名前はジョー。男なんだってば。とりあえず、サイボーグの身体借りさせてもらうけど、いつか生身の体を復元して元に戻るから」
或る日、彼女は頼んだ。
「女の声、嫌だから、どうにか元の声っぽい感じにかえられないかな?」
「できないことはないけど」
「頼む。お願いだから」
エンゾの両腕を掴んで、顔を見上げながら真剣な声で懇願する彼女の顔を見ていたら、お願いをきいてあげたくなった。
「キスしてくれて、愛してるって言ってくれたら」
「なんだそんなことか。いいよ。ただし、俺の声を戻してくれたらな」
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