帰り道 3

 背中に触れる柔らかい感触は体温を伝えてくれる。激しい鼓動は互いにシンクロするように重なっていく。妙な緊張感が漂う。


「は、離さないってどうしたんだよ?そろそろ暑くなってきたから離れてほしいんだけど……ていうか部活した後だから汗臭いだろ?」


「全然。むしろ私は好きだよ」


 首に絡まる腕は緩まるどころか締め付けられていく。

 シオリ一人の体重がのしかかったところで大したことないのに、今日は心なしか重く感じる。

 シオリに動く気配がないので、そのままの体勢で話を続ける。


「正直シオリが俺にそこまで好意があると思ってなかったよ。それは素直に嬉しい。ただ俺としては……今はあんまり付き合うとか考えてないんだ。実は前の彼女と色々あって……その……軽いトラウマっていうか……慎重になってるっていうか……だから恋愛は……」


 別れたいわけじゃない。ただ時間が欲しい。俺たちは急すぎたんだ。女々しいと思われるかもしれないが、時間をかけてシオリと向き合いたい。


「俺はシオリと―――」


「知ってるよ」


「え?」


「全部知ってるよ。コウタ君のことは全部……」


 シオリは腕をほどいて俺の正面に回った。柵に腰を掛け、全てを見透かしているかのように微笑んでいた。


「もちろん……柚木さんのこともね」


 シオリが口にしたその苗字を聞いて思い当たるのは、俺の前の彼女、柚木ゆうのきマナカただ一人だけだった。


「知ってたのか……」


 当時、俺とマナカが付き合っていることは大っぴらにしていたわけではないが隠してもいない。なので同級生であれば知っていてもおかしくはない。だが、シオリの口ぶりからすると、高校に入ってからの出来事も知っているようだ。


「別々の高校に通うようになってから柚木さんが浮気したんだってね。それで今は別れてるんだよね?」


 言葉にするとあの時の感情が蘇ってくる。俺は声を出さずに頷いて返事をした。


「柚木さんは……許せな……いつか必ず……」


 シオリがぶつぶつと言っている内容は聞き取れなかったが、一瞬だけ冷たくて黒い風のようなものを感じた。


「……シオリ?」


「なんでもないよ。とにかく、私は事情を知ってるよ」


「別れたことは一部の人にしか言ってないんだけど、どこで聞いたんだ?」


「他の学校の子から噂伝いにね。……まぁコウタ君のことは大体把握してるけど」


 後半は聞こえなかったが、どうやら噂は広まっているようだ。学生間の噂というのは広まりやすいし、特に良くない噂は回るのが早い。同じ中学のシオリの耳にも入ることはあるだろう。


「ごめんね。コウタ君にとっては辛い出来事だよね。……でも同時に私にとってはチャンスでもあったの」


 チャンス?


「そういえば……」


――――――本当に好きな人から思い描いてた通りの言葉を言われて……。


 先程のシオリの言葉。誤解の原因に気を取られて、一番重要な部分を聞き流してしまっていた。この言い方だと告白する以前から俺のことを―――


「中学の時からずっと……コウタ君のことが好きだったの」


 月下、髪を耳にかけながら真っ直ぐに俺を見つめているシオリは、あまりにも妖艶でついつい見惚れてしまった。

 ハッと我に返った頃には俺の顔は火照り、それを誤魔化すかのように頭上の月へと視線を逸らした。

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