帰り道 2

 俺たちはすぐ近くにあった小さな公園へと場所を移した。子供はもう帰っている時間帯なので誰もいない。

 ブランコに腰を掛け、ゆっくり揺られながら話を再開する。


「中三の時の国語の授業……夏目漱石の小説について勉強したの覚えてる?」


「あったな」


 中学三年生といえば俺とシオリは同じクラス。授業も同じ内容を受けたはずだ。


「その時、先生が夏目漱石について色々教えてくれたじゃない?その中の一つにとっても好きなエピソードがあるの」


 当時の先生が授業の中で、ちょっとした豆知識や小話をよく挟んでいたのは覚えている。だがその一つ一つの内容はうろ覚えだ。


「漱石が英語教師をしていた頃、『I love you』を『月が綺麗ですね』って翻訳したっていう話。あの話を聞いた時、素敵な話だなぁって思ったんだ。私もいつか好きな人にこの言葉を言われたいなぁって、あの時からずっと密かに思い描いてたの」


 うっすらと気づき始めていた。今までばらばらだったものが繋がっていくような、違和感が消えていくような感覚。


「そしたらまさかまさか、本当にから思い描いてた通りの言葉を言われて……嬉しかったなぁ」


「そういうことか……」


「うん……私はあの時『愛してる』って告白されたと思ったんだけど……どうやら違ったみたいね……」


 儚げに語るシオリの瞳はとても綺麗だった。あまりにも綺麗すぎて、見つめすぎると吸い込まれてしまいそうに思えた。

 どのような言葉をかけたらいいのかわからず、黙ったまま時間は過ぎていく。聞きたいことは色々あるのに、整理が追い付かない。

 優しさからか、シオリが沈黙を埋めようと口を動かす。


「ごめんね。今思えばそんなわけないってわかるんだけど……あの時は冷静じゃなかったから……とにかく嬉しくて……勝手に舞い上がっちゃてたね……。でも同じ授業を受けてたコウタ君から言われたらそう思っちゃうよ」


「悪い。紛らわしかったよな。深い意味はなかったんだ」


「……本当はね、今朝の段階で薄々わかってたんだ。『付き合ってない』って言われたときショックだったけど、コウタ君冗談で言ってるように見えなかったもん。照れ隠しなのかなって思ったけど……わかんなくて。だったらもう一回、今度はみんなの前ではっきりと言ってもらおうと思ったの。そうすれば勘違いじゃなくなるから……ちょっと卑怯だったけどね」


「もしかして芝居だったのか?」


「ううん。違うよ。あくまで本心だよ。コウタ君がどう思ってたかわからなかったけど、私は付き合ってるつもりだったから」


「結局誤解だったわけだけど……その……これからどうする?」


 この聞き方は卑怯だ。先のことを聞く前に俺の気持ちを伝えなければならない。俺の過去の話も含めて。


「実は俺―――」


「何言ってるの?私たちはこれからも恋人だよ?言ったよね?絶対に別れないって……」


 いつの間にか背後に回っていたシオリの腕が俺の首に絡んでいた。そのまま体は密着し、耳元に息がかかる。


「もう……離さないから」

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