始業前の教室

 朝、八時二十分、いつもと同じ時間に学校に着いた。クラスの中では遅い方ではあるが、始業十分前で余裕のあるちょうどいい時間といえるだろう。

 変わらぬ朝、そう思っていたのだが教室の雰囲気は少し違っていた。いつもより騒がしい気がする。


「おっはよー!」


「おはよう。相変わらずアンナは朝から元気だな」


「ニヒヒー!それが取り柄ですから!」


「途中で寝てたら意味ないけどな。それより何かあったのか?ざわついてる気がするんだけど」


「あーそれねー。ほら、あそこ見てみ」


 アンナの視線の先を追うと、そこにはちょっとした人だかりが出来ていた。正確にはある人物を中心とした人だかりだ。


「シオ……綾城がどうかしたのか?」


 人だかりの中心にいる人物とは綾城のことだ。このクラスで人が集まっていると、大抵はシオリが中心にいる。


「なんと……あの綾城さんに彼氏ができたらしいよ」


「マジか?!」


「マジマジ。て言ってもさっきチラッと聞いただけだけどね。で、朝からその話題で持ち切りってわけ」


「いやー…マジかー…」


 朝から予想外のニュースを聞いて語彙力を失っていた。俺ですら驚いているのに、他の男子はそれ以上の衝撃を受けているのだろう。シオリに好意を寄せている男子に関しては、息をしているのか心配になる。

 話を聞いてからシオリの方をよく見ると、質問攻めにされていて、笑いながらも困っている状況だということがすぐにわかった。


「でもそれって誰が言ってるんだ?もしかして目撃したとか?」


「ついさっき本人が口を滑らしたみたいだね。それを周りにいた子たちが聞いて『彼氏?!』って声を上げて今に至るって感じかな」


「なるほどね」


 シオリが告白されたという話はよく聞くし、実際に現場を目撃したこともある。正確な数字はわからないが、おそらくかなりの人数に告白されたことがあり、現在も好意を寄せる人は大勢いるだろう。それほどモテるシオリだが、付き合ったという話は聞いたことがない。だからこそ高嶺の花になりつつあり、男女共に人気なのだろう。

 そんなシオリのゴシップとあらば騒ぎ立てるのも無理はない。事実かどうかは置いておいて、この情報はすぐに学校中に知れ渡るだろう。


「ちなみに誰なんだ?」


「んーそれはわかんない。だからみんな躍起になって聞こうとしてるんでしょ?てかてか伊坂っちは知らないの?帰る時話すって言ってたじゃん?」


「俺が知るわけなだろ。話すっていってもそっち系はあんまり話さないよ」


 耳をすませば「誰?」「どういうこと?」「ホントなの?」とシオリを囲む声が聞こえてくる。その音がうるさいのでシオリが否定しているのかどうかはわからない。

 現状の可能性としては、ただの言い間違い、彼氏ではないがそれに近しい存在がいる、本当に彼氏ができた、くらいだろうか。どちらにせよ、噂になった男子は可哀そうだ。下手をすればこの学校の男子の大半を敵に回すことになり兼ねない。


「なになに?もしかして伊坂っちもショック受けてんの?」


「受けてねーよ。驚きはしたけどな」


「もーしょうがないなー。このかわいいかわいいアンナちゃんが慰めてあげよう。ほら、おいで?」


「人の話を聞け。あと両手を広げて待つのをやめろ」


「恥ずかしがらなくてもいいんだよ?ほらほら」


 豊かに膨らんだアンナの胸の誘惑に、一瞬飛び込みそうになってしまったがなんとか正気を取り戻す。


「今一瞬考えたよね?うわー伊坂っちのエッチー」


「うるさい。考えてない」


 この時、俺はアンナに向けて「うるさい」と言ったんだ。なのに何故か教室全体がしんと静かになった。そして心なしか皆の視線が俺に集まっている気がした。


「ごめんね、コウタ君。言っちゃった。私たちが付き合ってること」

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