始業前の教室 2
一瞬の沈黙が訪れる。その間も教室中の視線を浴び続けた。静かな時間はすぐに終わり、その反動なのか俺に向かって波のように人と声が押し寄せる。
「どういうこと?!」
「伊坂が彼氏?!」
「二人って仲良かったの?!」
俺の思考が追い付かないまま、それぞれの疑問を連続でぶつけてくる。
「待て待て待て待て待て!一旦落ち着け!」
俺がいくら制止しようとしても誰一人興奮は収まらない。そのような状態だと余計に状況が整理できない。助けを求めようと、こうなった原因でもあるシオリに視線を送ったが、先程の困った様子と打って変わって何故か微笑んでいる。ますます何が起きているのかわからなくなった。
「ストーーーーーーーップ!」
ガヤがうるさい中でもよく通る大きな声が教室に響いた。聞き馴染みのあるその声の主はアンナだ。
アンナのおかげで、押し寄せてきた人たちも落ち着きを取り戻す。
「聞きたいことは山ほどあるだろうけど、いっぺんに聞いたら伊坂っちも答えられないよ。一回落ち着こ」
さすがはアンナ。普段は、だらけてて、ノリも軽く、ちゃらんぽらんな、明るいだけが取り柄のような奴にも見えるが、いざ俺がピンチの時は助けてくれる。やはり持つべきものは親友だ。
「……で、伊坂っち……どういうことかな?」
そう思っていたのだが、振り返ったアンナの表情を見ると助けたわけではなさそうだ。笑顔ではあったが、眉尻がぴくぴく動いている。いつもと比べて引きつったようなその笑顔は、どこか怒っているようにも見える。ついさっきまで何も知らないと言っていた俺が当事者だと聞けば、嘘をつかれたと思ってショックを受けるのも当然か。気の合う友達であるアンナとの信頼関係が壊れるのは避けたいところだ。
「どういうことって……俺が聞きたいんだが」
「へぇー…まだ誤魔化すんだ」
「誤魔化してない。マジでわかんないんだって」
この場で全てを知っているのは一人しかいない。
彼氏騒動について様々な可能性を考えていたが、俺の名前が挙がったということは冗談ということだろう。この際、理由は置いておいて、まずは釈明が優先だ。
「綾城、冗談だよな?説明しないとみんな勘違いしたままだぞ」
シオリに説明を求めたのだが、当の本人はそっぽを向いて反応してくれない。
「あ、綾城?」
依然返事はない。ただ、唇を尖らせて、じとっと俺の方を見ている。
まさかあの事か?……いやこの流れでそれはまずいだろ……でもこれじゃ話が進まない……。
「シ、シオリ?」
「どうしたの?」
ようやく返事をくれたと同時に、まるで花が咲いたかのようにシオリはニコッと笑った。
「綾城さんのことを『シオリ』?!」
「てことはマジなのか?!」
また少しざわついた。
だから嫌だったのに……まあこの件に関しては関係ない……はず……今は話を聞かないと。
「どうしたっていうか、『彼氏がいる』とか『付き合ってる』とか、いきなり言われて俺含めてみんな混乱してるんだって。誤解だよな?言い間違いだったとか、冗談だったとか、とにかく説明してくれよ」
「説明もなにもそのままだよ」
ゆっくりとシオリは近づいてくる。何故だか少しだけ怖かった。
「ごめんね。本当は内緒にしておきたかったんだけど、嬉しすぎてつい言っちゃった」
俺の隣まで来ると、シオリはみんなに向けるように言った。
「改めてだけど、私たち付き合ってるんだ」
未だに俺は理解できていなかった。俺にそんな記憶はない。なのにシオリは嘘をついているようには見えなかった。
あれ?俺って頭打ったっけ?
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