始業前の教室 4

 「都合が良すぎる!」などと言ってシオリの方から振ってくれても良かったのだが、そんな望みに反してシオリの表情は明るくなった。


「ホント?!エヘへ…よかったぁ。振られちゃうのかなって思ってたから」


 勢いよく俺に抱き着いてきたシオリ。集まっていた人はその光景を暖かく見守っていて、拍手する人もいた。嫉妬している人やショックを受けている人もいたが、全員が敵という最悪の状況は回避することが出来たようだ。


「よろしくね。コウタ君」


「……よろしくな。シオリ」


 耳元の囁きに、俺も囁き返す。

 注目のされすぎで公認のような関係になってしまっている。俺としてはあまり良い状況とは言えないが、これについては後で考えるとしよう。


「綾城さんよかったね!」


「伊坂!これ以上綾城さん泣かしたら許さないからな!」


 シオリへの祝福や俺への警告が飛び交う中で、チャイムが鳴って先生がやってくる。集まっていた生徒たちは散り散りに戻っていった。


「朝から騒がしいけど、何かあったのか?」


「なんもないですよー」


 先生の探りに対して、気を利かした生徒がはぐらかしてくれた。

 ちらっとシオリの顔を覗いてみると、一目で上機嫌とわかるほど嬉しそうな顔をしていた。そんな顔を見せられると悪い気はしない。

 そこまで俺のことを……もう素直に付き合ってもいいんじゃ……でもまたあいつみたいに……。

 とりあえず放課後もう一度二人で話そう。事のきっかけやお互いの気持ちについて話し合って、その上でこれからについて決めよう。


「そういえばさっきはありがとな。アンナが止めてくれなかったらもっと荒れてたよ」


 振り返ってアンナにお礼を言っておいた。「じゃあお礼としてジュース一本ね!」なんて言ってくるんだろうなと想定していたのだが、意外にも「別に」と冷めた一言だけが返ってきた。それっきり窓の外を眺めたままだった。

 色々と騒がせた分、疲れたのかもしれない。仲の良い俺が隠し事をしていたと思って怒っている可能性もある。どちらにせよ、後でもう一度お礼と謝罪をするとして、今はそっとしておいた。ただ、校庭を眺めるアンナは、儚くも美しく、どこか虚しさを感じる、そんな表情をしていた。

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