俺は漱石を知らない~いつの間にか彼女ができてました~

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とある日の帰り道

 その日は満月だった。小さい頃は満月というだけで理由もなくテンションがあがっていたが、高校二年生にもなった今、特別な感情を抱くわけでもない。

 ただ、学校からの帰り道にふと夜空を見上げ、浮かぶ月を見て素直に思ったことを口にしただけだった。


「月が綺麗だ」


「え?!」


 隣を歩く綾城あやしろシオリは俺の呟きに違和感のある反応を示した。


「どうした?」


「だ、だっていきなりだったから……」


 いきなりっていうほどか?まあ確かにちょっときざだったかもしれないけど……。


「でも……そっか……エヘヘ……私だけが思ってたんじゃなかったんだ……」


 綾城も月を見て「綺麗」って思ったけど口に出すのは恥ずかしい、そう思ったタイミングで俺がたまたま同じようなことを言ったから驚いているのか?自分では何気ない一言のつもりだったけど、言われてみれば臭かったかな?

 噛み合っているようで、噛み合っていないような感覚だった。だが綾城は時折独特な世界観を持ち出すので、この時は気に留めなかった。


「じゃあ私こっちだから」


「おう。また明日」


「うん……フフ……改めて、これからもよろしくね」


「ん?……あ、ああ、よろしく……」


 綾城と別れ際に交わした会話。いつもと同じようで、どこか違うような、そんなやり取りだった。

 今思えば全てはここからだったのだろう。この日を境に、良くも悪くも俺を取り巻く環境が変わり始めたのだ。


「やっぱり今日の月は綺麗だなー…」


 綾城と別れてからも一人月を眺め、再びぼそっと呟いた。

 伊坂いさかコウタ十七歳、これから起こることをまだ何も知らない。

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