第15話 真実は、ユーメルの手記にて
「それで、本当は何を見たの。お姉ちゃんには、ちゃぁ~んと、教えてよね~?」
荒縄が、まるでとぐろを巻く蛇のようにうごめいていた。
荒縄使いの魔法使いのお姉さんは、まるで蛇使いだ。ご機嫌のよろしくない時などは、オレンジ色のセミロングヘアーまでが、蛇のようにのたくっておいでだ。
ギーネイが大人たちへの挨拶もそこそこに、自室で隠し持っていた手記を読もうと思っていたところ、窓の向こう、バルコニーの向こう側から、現れた。
誤解する者がいるといけない。
そう言って追い返せるのは、乙女のみだと、ギーネイは十分に理解している。乙女の恥じらいは過去のこと、見た目は十七歳の少女の、実年齢はさば読みの若作り様である。
「誰がさば読みだっ」
逆さ吊りの刑が、決定された。
さすがは魔法使いのお姉さんだ、ギーネイの心の声を、読み取ったらしい。まぁ、女子特有の直感かもしれないが………天井から逆さ吊りのギーネイの手元から、ぽとりと手記がおちた。
お姉さんが見逃すわけがなく、地面に到達する前に、その手に収まった。
空中でふわりと、お姉さんの手元に飛んでいったのだ。
目の前で手記が文字通りに飛んでいくシーンなど、かつてのギーネイならば驚き、そして警戒した姿である。しかし、慣れとは恐ろしいものだ。敵と思っていた魔法使いが、頼もしく、迷惑な幼馴染と言う感覚になっているのだから。
「洞窟みたいな環境で、こんな手帳が無事に残ってるなんて………魔法みたいね、まるで」
パラパラと、手のひらに収まる手記を手にしたお姉さんの感想だった。
魔法みたいだ。
荒縄使いの、魔法使いのククラーンの姉さんの口から出るには、奇妙な感想である。だが、それがお姉さんの、素直な感想であった。
ギーネイは少し、誇らしかった。湿気が強く、虫がうごめく環境に、百年も放置された小さな手帳の運命は、決まっている。
湿気の多い空間であればカビやらコケやらが根を生やし、虫に食われて、溶けて崩れて、消えるという。百年も持つなど、ありえない。
それが、密閉された環境では、話が違う。ギーネイはかつての住人だったからこそ、隠し金庫を発見、開けることが出来たのだ。
恩師ユーメルは、壁の中に、金庫を隠していた。ならばと、思いついて、壁のひび割れを探ったのだ。
自室にも、同じような、何かがあるのではないかと。
そうして、ひび割れた隙間から手に入れたのは、一冊の手記だった。何百年、風雨にさらされても中身を守る加工技術を、たかが手記を守るために用いるものだろうか。
それが、ギーネイのためだと、今は分かる。
「あの………返してもらえませんか、それは――」
ギーネイが恐る恐ると、お願いの言葉を口にすると、言い終わるより早く、荒縄使いの魔法使いのお姉さんは、手記を閉じた。
本日は、記憶すべき日だ。
ギーネイたちの遺跡探検が許可され、無事に戻ったからではない。横暴なお姉さまが、素直に言うことを聞いてくれたからだ。
ギーネイは、このような思考をしてしまう自分に、もはやかつての自分ではないと心でため息をつきつつも、奇跡に感謝した。
ベッドの上で優しく荒縄を解かれると、手記が宙を舞って戻ってくる。
ギーネイの顔のそばまで手記が近づくと、無意識にギーネイは手を伸ばす。すると、ふっと力が抜けたように、手記が手のひらに落ちた。
「私も読んだほうがよさそうだけど………ギーネイ、今回は譲るわ」
返事を待たずに、バルコニーからお姉さんは去っていった。
扉を使うことを、荒縄使いの魔法使いは知らないらしい。ギーネイは小さく笑うと、ベッドに腰を下ろした。
今度こそと、手記を開く。
そこには、ギーネイに向けた言葉が記されていた。
「ユーメル先生………」
小さく、つぶやいた。
遺跡の探検の最中にあって、ギーネイが驚きに硬直、ルータックの存在を忘れて、読み始めたものである。
それほどの、衝撃だった。
手記は、謝罪の言葉から、始まった。
――この手記を手にしているのは、おそらくギーネイだろう。私の自慢の生徒は、またも私の期待に応えたということ。それはとても誇らしく、そして、すまないと思う――
遺跡でギーネイが混乱し、荒縄使いのククラーンお姉さんが、素直に手記をギーネイに返却した理由であった。
手記には、淡々と事実が記されていた。
――驚き、怒りを覚えると思うが、どうか、最後まで読んで欲しい。私の、裏切りの日々と、犯した過ちについて、記したものだ――
ギーネイには、改めて、覚悟が必要だった。
恩師の手記であるなら、気を引き締めて手にするのが、ギーネイらしい性格である。そして、自室に戻るまで、待ちきれるものか。たまらずに、遺跡の内部で開いた結果、混乱を生んだ。
そして、思わず、つぶやいた。
裏切り。
洞窟でギーネイが混乱し、ルータックを不安にさせた、原因だ。
ギーネイたちの所属していた秘密組織『ドーラッシュの集い』の中で、ユーメルは指導者の一人であった。戦闘技術ではなく、教えを授ける側であるが、ギーネイたちにとっては、父親に近い存在であった。
そのユーメルが、組織の裏切り者であるとの、告白だった。
そして、自分たちの正義が偽りであったとの告白でもあり、ギーネイへの、改めての謝罪が続いた。
――自分達の正義が、絶対である。そんな狂信者の集まりが、秘密組織『ドーラッシュの集い』の正体だ。そして、ギーネイ、お前を含めた子供達を拉致し、我々の正義のための実行者にしてきた。それが過ちと知りながらも、止められなかった――
手記には、組織運営に必要な資金や人材を集めるついでに、子供も拉致していたと記されていた。賛同者の子供もいたが、資材や資金を強奪する現場に、運悪く居合わせた子供や、戦闘員を育成するため、誘拐してきた例もあったという。
ギーネイの本当の家族は、とある資材の管理人だった。その資材の一つが、ユーメルが隠し持っていた水晶である。
――この世界に、古代王国ダーストの継承者は、いてはならない。だからこそ、準備が整う前に、終わらせねばならない。私はこれから急進派に同調し、世界に『ドーラッシュの集い』の存在を明らかにするようにと進言するつもりだ。うまくいけば――
今こそ、世界に正義を成すときだ。それは、時期尚早ではないかと言う慎重論を押しのけて、世にでた結果の、敗北の一途をたどった。
しかし、それがユーメルの策略だった。
育ちきる前に、自分達を滅ぼしてくれるように、動いたということだ。そして、この手記を隠した。
手記には、ユーメルの本当の望みも、記されていた。
最後の最後まで、誰にも魔法の水晶の存在を明かさなかった理由が、やっと分かった。本来は記憶を未来へ残すための媒体である『賢者の記憶』と呼ばれている一品。
未来に生き残っていたのなら、自分達の後継者を滅ぼして欲しいと、結ばれていた。
それは、未来へと希望をつなげる決意を、裏切る言葉だ。
未来で、同志を募るように、あの時は確かに、誓ったというのに………
「――っ」
ギーネイは、立ち上がった。
その拍子に、貴重な手記がベッドの上を踊り、そして、落ちた。
もはや、気に留める余裕は無かった。すべて読み終えたわけでなくとも、読み終える力など、ギーネイには無かった。
一文だけが、頭を何度も、何度も繰り返す。
――未来を、頼む。
ギーネイはバルコニーに出ると、手すりをじっと見つめて、つぶやいた。
「まだ、あなたを信じろというのですか………ユーメル先生」
ギーネイはしばし、手すりと見詰め合っていた。
壁に隠された水晶を取り出したユーメルに託された未来とは、何だったのか。
自分達『ドーラッシュの集い』が新たな世界の指導者となり、人間による理想社会へと、世界を革新する。それが、ギーネイたちの正義だったはずだ。
しかし、本当の使命は――
ギーネイは、足元が揺らぐ錯覚に襲われていた。
ギーネイの成すべき使命が、またも激変した。それどころか、自分の信じてきたものがすべて偽りだと知らされたのだ。
そして………
「この未来に………何が起こるというのですか、先生………」
ギーネイはゆっくりとベッドに戻ると、足元に落ちていた手記を、拾い上げた。
バルコニーから、夕日の輝きが、静かに侵入を始めていた。
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