第9話 新たな日々は、学園祭にて


 観測都市。

 それは、危険な遺跡の様子を百年、千年、あるいはそれ以上の年月をかけて、見守る役割を持つ都市のこと。国家、種族を問わずに設けられた、世界を守るための制度である。

 本来は、観測部隊の駐留基地だが、数世代単位での役割であるため、交通の便は次第に整えられ、家族が移り住むようになって、町となる。

 そう、本来は危険なお役目という、覚悟を持った人々の集った場所なのだが………大騒ぎに、騒いでいた。


「「「おらおらぁ~、どけどけぇ~っ!」」」


 一部は声変わりすら終わっていないが、気分は反乱軍だ。学生さん達が、若さを暴走させていた。

 季節は、秋。

 穏やかな日差しの下、本日ばかりは学園は彼ら学生のものだ。うるさい教師連中は黙っていろ、俺たちが主人公。そんな気分で大賑わいの背後には、荷車に山積みのチラシがあった。ご近所に配って回るのだろう、あるいは町中かもしれない。

 それも、ただのお祭りではない、子供達による、子供達のためのお祭りだ。

 学園祭の、当日だ。

 踏みしめられた地面からは土ぼこりが大いにほこり、煙った蜃気楼の彼方では、様々な旗が、垂れ幕が、はためいていた。


「サイルーク、早くしろって、お前が発表会の主役なんだからよっ!」


 名前を呼ばれて、鮮やかな赤毛の少年、サイルークが振り返った。

 今年で十五歳の学生さんの一人だが、中身は過去の亡霊、ギーネイという青年であると知る人物は、ごくわずか。

 普段は、サイルークとして過ごして、すでに数ヶ月のギーネイは、自然に答える。


「ルータック………主役って、大げさじゃないか?」


 周囲には、以前より大人びた学生に見える。その秘密は、先走って探検した遺跡で事故に遭い、記憶を失ったためだと、それなりに知られている。

 あくまで気を使う範囲であり、それでも日々は続くうちに、日々に溶け込んでいく。

 記憶はいつ戻るのか、そんな好奇心と心配が混じった質問も落ち着いた秋の日、かつての反省から、優秀な成績を収め続けるサイルークは、発表会と言う機会まで得ていた。

 ギーネイは、己の身の上を語る勇気を、ついに持つことが出来なかった。

 全てが解決した暁には正体を明かし、サイルークとその両親に謝罪し、その後の運命をゆだねよう。

 そんな未来を見据えているところに、トゲのある声が聞こえた。


「よう、記憶喪失………」


 誰かが、自分を呼んでいる。いったい誰が、この呼びかをするのか、ギーネイに心当たりは、たった一人。とてもいやそうに、頬を引きつらせながら、振り向いた。

 嫌なやつが来たという顔であるが、一切隠す必要がない相手だ。振り向くと、深い緑色のショートに、赤い瞳の長身男子が腕を組んでいた。


「優等生だったニキーレス君、記憶喪失は私の名前ではないのだが………」


 見事なる、丁寧を装った皮肉のご挨拶だった。

 過去形にするには失礼である、腕を組んで立ち尽くす学生さんは、今も学年トップクラスの成績の持ち主の同級生、ニキーレスである。サイルークが不動の地位を、脅かしているだけである。

 お前が気に入らない。

 ニキーレスはそんな態度を隠すことなく、立ちふさがるように、往来に立ち尽くしていた。

 なんとも失礼な態度であったが、苛立ちと、焦りのなせる業である。かつて見下していた悪ガキコンビの片割れが、突然お勉強に目覚めて、あまつさえ、自分を追い抜いたのだから仕方がない。


 ガキだな――


 ギーネイの言葉をきっかけにして、対立は決定的となった。ギーネイからすれば、嫌っているというより、邪魔をしないで欲しいという感情だった。

 それが伝わってしまったニキーレスの怒りは、高まるわけだ。


「まぁ、まぁ、二人とも。わが校の誇る優秀なる二人は、どうしてこうも仲が悪いのか」


 おっさんが、現れた。

 壮年の男性と言うべき御仁ごじんだが、おっさんと言う言葉がお似合いのおっさんだった。傍目はためには、いがみ合っていているように見えたらしい。ギーネイにとっては一方的に敵対心を向けられて迷惑をしていたのだが、おっさんが仲裁に現れた。


「ヨーシンキ先生、私はニキーレス君に対して、なんら悪意を抱いていません、ジャマなだけです」


 ギーネイは、ヨーシンキと言うおっさんを前にして、言い放った。隣のニキーレスが怒りに顔を赤らめているようだが、ギーネイは気にしない。


「サイルークっ――」


 お怒りのニキーレスだったが、教師を前にしては、ほこを収めざるを得ない。そこが優等生たるゆえんである、彼は対面を大切にするのだ。大切にしすぎて、かつてバカにしていたサイルークが自分を追い越し、今は目もくれないという態度をとることが、許せないだけだ。


「まったく、誰とでも仲良なれとは言わんが………」


 おっさん先生のヨーシンキはため息をつくと、ほどほどにするように言い残してから、立ち去った。今日は学園祭の初日、これからいくらでも見て回らねばならないところがあるのだ。

 周りの生徒は、いつもの事だと、サイルークとニキーレスの対決に目もくれない。面白いと、興味を惹かれるにはつまらないからだ。


「ったく、『口うるさいヨーシンキ』とはよく言ったものだぜ、なぁ、サイルーク」


 気付けば、友人ルータックが、なれなれしく肩に手を置いてきた。口うるさいヨーシンキと呼ばれるおっさんの登場と共に、姿をくらませていたのだ。


「そのヨーシンキ先生に見つかったら、お前がお小言食らうぞ、ルータック」

「だから、ちゃんと屋根の上に隠れて………様子を見てたんだってば」


 言い直す意味があるのだろうか、ルータックは、ほこりを払っていた。ギーネイがこの時代に生まれかわって、最初に知り合った人物で、友人だ。

 正しくは、サイルークの悪友であり、共に禁じられた遺跡の探検に興じていたところ、長き別れとなったわけだ。

 永遠の別れとなってはならない、それがギーネイの気持ちである。ルータックは、いつかあの日が戻ると思いながら、気遣いながらそばにいる道を選んでいる。それが、ルータックなりの責任の取り方であり、友情がそれほど、深かったのだろう。

 夏の事故から、もう、季節は秋だ。


「全く………なんでお前らがトップにいられるんだ………」


 あら、いたの?

 そんな顔でルータックとギーネイが振り向くと、ニキーレスが捨て台詞を吐いて、立ち去るところであった。

 優等生は、大変だ。そんな笑みを浮かべると、悪ガキコンビは、遺跡の方角へと目を向ける。学業成績は、目的でない。

 悪ガキコンビの目的は――


「オレ達は、あの遺跡に戻らなければならないんだから………」

「あぁ、あの日を始めた、オレたち三人のために」


 この場には二人しかいないが、口にした人数は、三人である。それは、ルータックはすでに、ギーネイと言う過去の亡霊も、仲間と認めていることを意味する。

 ルータックとギーネイ、そしてサイルーク。


「四人でしょっ」


 後ろから、お姉さんの声がした。

 ギーネイとルータックが振り向くと、いつも二人を荒縄で縛り上げる、魔法使いのお姉さんがいた。

 オレンジのセミロングが、スカートともに風になびいている。一応は男子の手前だが、お姉さんともなれば、気にならないらしい。


「若作り姉さん………いたのか」

「若作りは言い過ぎだって、さば読み………倍くらい?の姉さんだって」


 ギーネイとルータックが振り向くと、半分浮遊しているお姉さんが、にこやかな笑みを浮かべていた。見たあたりでは、十七歳の少女である。十五歳の悪ガキコンビの、少しだけ年上の幼馴染と言う年齢である。

 ただし、見た目のみ。

 幼馴染と言う単語は、サイルークのご両親にとっての――と言う、但し書きが付くのだ。

 しかも、当時から少しお姉さんだったらしい。サイルークの父親が、『ククラーンちゃん』と呼ぶことに、抵抗を覚えるほどの………


「まだ、十七歳だよっ――」


 夏のある日、サイルークとルータックの悪ガキコンビは、一時解散。サイルークの中身は、過去の亡霊、ギーネイとなってしまった。

 秘密を知るのは、荒縄使いの、魔法使いの少女、ククラーン。自称十七歳。背中から見え隠れする荒縄たちは、今日も元気に、悪ガキコンビへと、突進した。

 そして――


「十七って………いつの頃の………ぐへっ」

「さば読んでる、ぜってぇ、さば読んで………ぐへっ」


 今日は、お祭り、学園祭。

 無礼なる少年二人は、逆さりの刑が決定された。


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