第6話 違和感は、穏やかな朝にて
しかし、ギーネイはひるむことなく、警戒を続ける。
これは敵の攻撃ではない、自分達が放った、トライホーンの余波である。付属のバイザー越しであっても、網膜が焼ききれるのではないかと言うほど、激しい輝きだ。
「やったか?」
強烈な輝きを放ったばかりの武器は、ムワムワと、高熱を周囲に振りまく。トライホーンと言う、ギーネイたちの誇る武装の、余波である。
「部隊全員の一斉射撃だ。跡形もなく、蒸発したんじゃないのか?」
「いや、相手は魔人族の戦士だ、油断するな」
「………だな、最大出力でなきゃダメージを与えられないレベル………将軍クラスか?」
「無駄話するな、移動するぞ」
ギーネイは、仲間たちとしばし軽口を叩くと、荒野と言うには贅沢な、時折雑草が顔を見せる岩場を進む。
何か動いた。そう感じて、とっさにトライホーンを向けると、トカゲが驚いてこちらを見つめる光景が、ギーネイの知る外の景色だ。
ここは、ギーネイたち『ドーラッシュの集い』の基地の近く、ナガローク王国にとっては辺境の荒野である。
資料では、海に山に、森に砂漠と、様々な光景を目にして来たギーネイだが、実際にその場を歩いたのは、この岩山の荒野だけだ。
ついに、世界に向けて歩みを進める時が来た。人間が世界を支配する時代が来たのだと、高らかに宣言したのだ。『ドーラッシュの集い』が、人間のあるべき理想社会を教えてやろう、世界よ、共にあろうと。
ドーラッシュの集いの上層部では、慎重論もあったようだが、いつまで待つのかと言う意見が、大勢を占めた。
そして、世界に存在を宣言したのが、半年前。
以来、毎日がピンチだった。
「上だっ!」
とっさに、トライホーンを上に向けたギーネイは、即座に引き金を引いた。
すぐ目の前にいる錯覚を覚えたのは、トライホーンに備え付けの、バイザー越しに敵が見えたためだ。
耳が肩幅まで長い点を除けば、人と変わらない姿の、それでも人とは異なる種族。最大ズームにして、目の前に、魔人族の戦士の顔があった。
こちらの動きを
そして、好機だった。
こちらが気付いたことに、まだ、気付いていないらしい。
ギーネイは、引き金を引いた。周囲を警戒していた魔人族の顔が、驚きと怒りに変わるが、もう遅い。
「いいぞ、ギーネイ。そのまま撃ちまくれ」
「第一班は連射、第二版はチャージ、最大威力で、トドメだっ」
隊長が命じた。
言われるまでもなく、ギーネイは連射を続けていた。
何十発も撃てば、余剰熱の解放のために、トライホーンは自動的に撃てなくなる。暴発防止のためであり、強制解除の結果は、仲間を道ずれにした自爆である。
自爆という道しか残っていない場合を除いて、決して、してはならない無茶であり、その無茶をしないために、部隊編成が行われていた。
この連射の間に、最大出力のためのチャージが終わってくれることを祈りつつ、ギーネイは魔人族めがけて、引き金を引き続けた。
人差し指が
またも、
今度はバイザー越しではなく、前後左右を囲む、仲間たちのトライホーンからの余波のためだ。それなりに距離を開けていても、光のきらめきは、多少の距離に関係なく、目を焼く。
ちょうど、ギーネイのトライホーンが撃てなくなったところだ。次に備えて、冷却モードに移行したトライホーンを、それでも油断なく敵に向けて、ギーネイは待った。
勝利の瞬間を。
そして――
優しい風が、頬をなでた。
ギーネイは、夢を見ていたのだと、うっすらとまぶたを明ける。閃光と思ったものは、そう感じた理由が、カーテンの隙間からの日差しが教えてくれた。
違和感に、まだ夢を見ているのかと、まぶたを閉じようとする。部屋の光景が目に飛び込むが、夢の住人には関わりのないことだと………
とたんに、はっきりと目を開けた。
ここはどこだという警戒感が、急速に、ギーネイの意識を覚醒へと向かわせた。
ここはギーネイの慣れ親しんだ、灰色の四角形の空間ではない、広々とした木製の家具にあふれた部屋なのだ。
おかげで、今の状況を思い出すことになる。
「………三日もたつのに………」
ギーネイは、少年サイルークの声で、つぶやいた。
なお、時代も異なる。
手にした情報が正しければ、百年後の世界となる。今はただ、おとなしく日々を過ごし、情報を集めることが大切だ。
なにをするにしても。しないにしても………
ギーネイは、百年後の未来において、なにが出来るだろう。
ゆっくりと、起き上がった。
「そう………もう、三日だ………」
つぶやいて、またも驚く。
三日と言う日数が経過したというのに、この少年の声に、まだ慣れていない。ギーネイがサイルークと言う少年の肉体を奪って、三日が経過していた。
ギーネイは青年であったが、今は十五歳の少年の姿なのだ。
髪の色も、かつては茶色であったが、今は鮮やかな赤毛になっている。戦いの場で、背中を預けあう戦士の自分が、やり直しを強要されていた。
強要?
ギーネイは、静かに首を振った。誰に
選んだのだ。
未来に希望を残す道を、選んだのだ。
その結果――
「――ちゃん、サイルークちゃん………起きてる?」
ノックの後、遠慮がちな、女性の声が聞こえた。
ギーネイは、この声がサイルークの母親のものだと思い出す。まだ少し、寝ぼけているのだが、それだけが理由ではない。我が子を呼ぶ声にしては、遠慮がち。
その原因であるギーネイも、遠慮勝ちに答える。
「………うん」
朝は、静かだ。
それは、この家がそれなりの大きさを持っていることも理由であろう。頑丈なブロック塀に囲まれた、草原とは言いすぎだが、ちいさな子供が駆け回るに十分と言う、広い庭を有している。二階建ての屋敷であった。
そしてここは、サイルークと言う少年の部屋である。
つまりは子供部屋であるのだ。
窓から見る景色からして、それなりに大きな家の、一室。貴族と言う地位が今も残っているのか不明であるが、少なくとも、サイルーク少年は、恵まれた生まれらしい。
風に誘われるように窓辺に目線を移すと、バルコニーが見える。天気のいい日などは、そこでのんびりと読書、あるいはお茶会にしゃれ込むのだろうか。いいや、悪ガキコンビの片割れらしく、脱走の出入り口に違いない。
今は、起きねばならない。
ギーネイは、おもむろにベッドから足を下ろす。脱ぎ散らかしていたスリッパに足を通すと、贅沢に敷かれているカーペットを進む。
石のタイルの上のカーペットは、ベッドを中心に敷かれている。あえてタイルが見えるようにされているのだろう。白いシーツに、淡い水色に塗装された木製ベッドに、柔らかなクリーム色のカーペットの部屋。
ギーネイの記憶する洗練された暮らしと逆の、無駄の多さだった。それでも、ここが自分と言う人物を構成する大切な一部だと、思うようになった。
扉の向こうに、まだ人の気配がする。
使用人のように、サイルークの母親が待機しているためだ。
「――サイルークちゃん、具合がよくないなら、もう少し眠っていてもいいのよ………」
ギーネイの思考は、遠慮勝ちながら、心配そうな母親の声にさえぎられた。
ギーネイは、申し訳なさに胸をつかまれる。扉の向こうの女性が心配しているのは、少年サイルークと言う、我が子のことだ。
それを、過去から現れた青年、ギーネイが奪った。
意識しないように勤めているが、正義感の強い青年、ギーネイには荷が重すぎた。そのため、どのようにすればいいのか迷いながらの受け答えのため、記憶を失った人物として、説得力を与えていた。
ギーネイは、パジャマのまま、扉を開けた。着替えはまだだが、顔を見せておかなければ、サイルークの母親を余計心配させると、知っているからだ。
「………おはよう」
扉を開けると、そこには心配そうにこちらを見つめている女性がいた。
サイルークが好奇心旺盛な悪ガキに育ったのは、この優しすぎる母親のおかげかもしれない。何をしても、最後には優しく抱きしめてくれる居場所があるために、安心して羽を伸ばして、伸ばしすぎて………
「おはよう、サイルークちゃん」
サイルークの母親の腕が、わずかに宙を舞い、そして、自らの手首を握る。
本心であれば、このまま息子を抱きしめて、愛情を確かめようというところか。十五歳と言えば、一人で身の回りのいろいろは出来るはずだが、母親にとっては、子供は、子供なのだ。
ギーネイは、硬い笑みを浮かべる。
母親もまた、同じ笑みを浮かべている。
姿はサイルークなのだ。
なのに、まるで他人のように遠慮がちになっている。
母親として、どのような態度をとっていいのか、分かるわけがない。ギーネイは、自らの正体を明かそうかと、何度も思った。
思って、三日が過ぎた。
「朝食の準備が出来ているから、いらっしゃい」
再び、サイルークの母親の腕が宙を泳ごうとして、そのままもう片方の腕に押さえられる。
右手で、左ひじをさする仕草を、これから日々見つめることになる。そっと手を差し出し、手を握ろうとしたのだと、ギーネイは見つめていたが、あえて何もしなかった。
何をすることが出来るというのか、ぎこちない時間が、今日も始まった。
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