第19話 事の収束は、荒縄にて

 

 魔法使い。

 人でありながら、魔人族と同様の力を扱う人々のこと。

 そのため、古代より王や貴族達とは別の権威を与えられ、場合によっては、国王よりも強い発言力を持っていた。

 仁王立ちとなり、切迫するお姉さんの迫力だけで十分だと、ギーネイは思った。


「さぁて、姉ちゃんを無駄に走らせた言い訳………してもらいましょうかねぇ~え?」


 隣では、手首を縛られたニキーレス君が、おびえていた。散々揺らされて、今にもリバースしそうなルータックは、口を開かない。開けば、朝食とご対面だ。

 すなわち、この場はお怒りのお姉さんと、弟分が一匹とう、分の悪すぎる状況となっている。正統な理由があったと、お伝えしなければならない。

 今、すぐに。


「こ、これにはわけが………どこに敵がいたか分からなかったから………忘れてたわけじゃ、ないんだ。ホントなんだ」


 ギーネイは、落ち着いて欲しいと、両手を前に出しながら説明している。ただ、この構図は、イタズラの言い訳をしている悪ガキではないか。下手をすれば、戦争の引き金になるかもしれない事件を前にして、ずいぶんと、余裕のあることだ。

 いや、お姉さんは状況を思い出したのか、ひとまずお怒りを発散してみたかったのか、お怒りを静めてくれた。

 腕を組んで、迫力のある仁王立ちポーズは、そのままだ。


「ともかく、証拠の品と、証人がいるから………師匠には知らせておいたから、近くの魔法使いや――」


 突然、黙り込む。

 目を泳がせて、どこか気になることがある、そんな仕草になる。これは、魔法の声を受けているときの表情だ。

 突然、表情が変わった。

 声にも、出した。


「そんな、師匠っ!」


 驚きの表情と、声。

 何が起こったというのか、心配になる。

 お姉さんは、ここにいない相手と話しているのだ、邪魔をしてはならない。しばらく、空中を見つめているククラーン。

 ルータックも、少しは気分がよくなってきたようだが、口を開かない。ククラーンの反応を、待っている。

 ニキーレスは、まだ少し疲れが残っているのか、悪ガキ二人の様子を見て、自分も黙っていようと判断したようだ。さすがは、優等生だ。

 いや、元・がつく。今回の騒動の中心人物として、もはや、もとの生活に戻ることは不可能であろう。

 ククラーンの姉さんは、しばらく少年三人の顔を見つめていた。話をしていいのか、話さないほうがいいのかと、迷っているようだ。

 だんだん、少年三人の心に、聞きたくない気持ちが、湧き上がってくる。

 そのタイミングで、お姉さんは教えてくれた。


「大騒ぎになってたわ………魔人族が殺されたってことで、もちろん相手にも伝わって――」


 言い終わる前に、お姉さんはため息をついた。

 何でこんなことになったのかと、全てを投げ出したい誘惑に駆られているお顔だ。がっくりとうなだれた姿勢からも、伝わる。

 荒縄がうごめいて、ピシッと、一点をさした。


「あいつ、人の言葉を聞かないやつみたいでね、仲間思いなのは知られていても、やらかすんじゃないか――って認識も、されてたみたい。だから、すぐに大事にはならないって」


 ここから目視することは出来ないものの、アイツこと、空中に仁王立ちしていた魔人族のことだ。どこに亡骸なきがらが横たわっているか知らないが、お姉さんには見えているらしい。魔法とは、とても便利だ。

 そして、そのおかげで、誤解が大きくなる前に、情報が伝わるのだ。あいつと呼ばれた、空中で仁王立ちをしていた男一人のため、戦争と言う事態には、ならないようだ。

 なら、良かった。

 なのに、よくない。

 それは、ククラーンが魔法の会話の途中で驚き、声を出したことからも分かる。


「むやみに動かずに、出方を見る………まぁ、正しいんだけど………」


 脈絡のない回答に感じた、いったい、何を伝えようとしているのかと、見守る男子三人。

 表情は様々に分かれる。気分が優れないルータックは、呼吸を整えることに集中している。ギーネイは、早く答えを聞かせろと急かす表情である。

 そして、やらかしてしまったニキーレス君は、今にも泣きそうだ。

 普段の優等生の殻は、脱ぎ去って、もう、もとには戻れない。自らが選んだこととはいえ、哀れである。


「私が、責任もって連行しろってさ………はぁ、悪ガキコンビのお守りでも大変なのに、何でそのバカまで………」


 責任者を押し付けられたお姉さんは、ため息をついていた。

 バカと呼ばれた優等生ニキーレス君は、瞬間むっとしつつも、もはや虜囚の身であると、うなだれる。

 しかし、うなだれたいのはこちらである。

 今はお姉さんの手の中に納まっているトライホーンの威力は、バカに出来ない。

 油断をしていた、と言う大きな理由があるといっても、優れた力の持ち主を、簡単に殺せるのだ。

 一方的に、簡単に。

 それは、一面的な表現でありながら、その力が、今の時代によみがえった。その情報だけで、大慌てになる。

 ユーメルの警告が、現実になっていたのだ。

 こんなことなら、手記をすぐにでも提出していればよかったのか、あるいは、ギーネイがサイルークの肉体を乗っ取ったと、あの夏の日に、すぐに公にしていればよかったのか。

 関わりなく、うごめく人々は、うごめいたに違いない。

 ギーネイが、短い反省と結論をしている間に、荒縄たちが、目の前にいた。


「捕虜を逃がしちゃ、大変だからね。あんたたち、頼むわよ」


 ギーネイ、ニキーレス、ルータックの順番に、荒縄でつながれた。

 首で

 手首ではない、犬の散歩よろしく、首輪がしっかりと荒縄で巻かれていた。


「………なんで?」

「あのぉ~………」

「ぐるじ………じぬ、じぬ………」


 こうして、奇妙な散歩が始まった。


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