第29話 横たわる戦意は、荒縄にて


 草が、風にそよがれるまま、そよいでいた。

 荒縄も風にそよがれ、うごめいている。

 出しやがれと。

 どうやら、荒縄使いのククラーンの姉さんは、魔人族の方々もついでに捕らえていたようだ。


「魔法使いは、遺跡に近づけないんじゃなかったのか。魔法探知式の罠がどこにあるかわからないって………」


 手足が自由であることに感謝しつつ、ギーネイは問いかけた。

 ここには、勢い任せのお姉さん、ククラーンだけでなく、その兄弟子や、都市の保安を担う皆様もおいでだった。


「ふん、確かに危険もあるけどね………魔人族や神々に、私達だけは中立って教える意味合いが、一番強いのよ。魔人たちはもちろん、神々も、甘くないんだから」


 失った信用を取り戻すのは、不可能に近い。その信頼を、ぎりぎりの線において保っているのが、魔法使いという生まれの人々だという。

 時には、王を上回る発言力を持つ理由だ。

 まぁ、後先を考えない愚か者に、老若男女に加え、種族の違いも関係ないらしい。荒縄に捕らえられた魔人族たちが、叫んでいた。


「はっ、はなせ、我らをどうするつもりだ」

「このままでは済まさんぞ、我らがここで息絶えようとも、第二、第三の――」


 うるさかった。

 それは、ククラーンの姉さんも同じだったようだ。荒縄を操り、口も縛った。その所業に、魔人族の皆様が身構えるかと思ったのだが………

 なぜか、攻撃を仕掛けてこなかった。

 一人が、斧を担いで歩いてきた。


「それで………その小僧どもは、何者だ」


 青年にしか見えないが、おそらくは見た印象の数倍、あるいはそれ以上の年月を生きているはずだ。このはねっ帰り集団の、リーダーらしい。

 ククラーンは、がっくりと肩を落としながら、振り向いた。

 何度も説明したのだろう、遺跡に侵入した過激派『ドーラッシュの集い』を探すために、ギーネイたちが潜入したと。

 なにかあれば、助けよう。そうして集まった、観測都市ボハールの魔法使い達、ククラーンたちである。

 遺跡から顔を出したのは、確かに『ドーラッシュの集い』のメンバーも含まれるが、かつての――と言う但し書きが付き、今は味方だと。

 そそのかされた、手足に過ぎない。本当に倒すべき敵は、他にいると。

 少年と言う年齢であることからも、魔人族たちは、手足と言う言葉を理解したようだ。

 そして――


「まったく………そうなら、最初から言わぬかっ」

「だ・か・ら――最初から、言ってるでしょうがっ!」


 物分りの悪い老人を説得している。頑固オヤジVSはねっかえり娘の対決は、幸いにして、話し合いに落ち着いた。

 同胞の無念を晴らす。

 そのために、今にもギーネイやニキーレスを処刑しようと言う視線を感じるが、リーダーらしき、大きな斧のおっさん青年の手前、抑えているようだ。

 味方になるかもしれない勢力と争えば、本当の敵を利するだけだと。

 敵の側である『ドーラッシュの集い』の元・メンバーのギーネイと、今の時代の『ドーラッシュの集い』の元・メンバーであるニキーレスは、ちょっと居心地が悪かった。

 操られた。

 その言葉があっても、実行犯への憎しみが消えたわけではないのだ。とくに、ギーネイなどは百年前の戦いで、どれほどの魔人族と戦ってきたのか。


「ククラーンの話にあった、過去の亡霊は………そっちの、武器を持つ少年だな」


 装着状態を解除したトライホーンを、ギーネイは見せる。

 敵対の意思がないと、伝えたつもりだった。ただ、どのように武器を扱うのか、その知識のない魔人の方々には、緊張を与えたようだ。

 そこに、ククラーンが割って入る。


「それで………ギーネイの水晶は、あったの?」

「その余裕はなかったよ。ただ………」


 ギーネイは、本当の敵の、幾度も過去からよみがえった可能性のある、ドーラッシュについて語った。

 水晶が破壊されても、未来によみがえり続ける、悪霊と言う言葉がふさわしい、本当の敵だ。『ドーラッシュの集い』を創設、人々を操り、戦乱の種をまき続けたのだと。

 斧を担いだおっさん青年の魔人は、ため息をついた。


「水晶を媒体ばいたいにした………不死に近い術の一つではある。だが………」


 本来は、水晶に記憶を移し、死後も対話を可能とする術である。かつてククラーンから教えられた知識よりほかには、知らなかったようだ。

 ドーラッシュを最初の例として、次の例はギーネイと言うわけだ。

 そもそも、ドーラッシュと言う悪霊に気づいていれば、過去の魔人族が、神々と呼ばれるほど、強大な力を振るうバケモノたちが、放置するわけもないのだ。

 本当の敵の正体を知ったのは、今と言うことだ。


「あの………元に戻すことは、出来ますか?」


 意図を察した魔人族の男は、目を細める。

 ギーネイと言う過去の亡霊は、サイルーク少年に、その肉体を返したいというのだ。それがなにを意味するのか、すでに、年月を行きた魔人族は、わかっていた。


「死んだままでいれば、苦しまずにすんだものを………」


 ギーネイに向けての感情は、すでに敵を見るものではなくなっていた。

 哀れな若者に向ける、同情の気持ちが芽生えたのだろう。過去、同胞を殺害したとしても、操られた者と、操った者。敵意を、憎しみを向けるのはどちらか。

 本当の敵は、誰か。

 ギーネイと言う存在のおかげで、知ることが出来たのだ。

 その後の判断は早く、森の周囲の警戒、侵入者、敵対者の警戒は、共同で行われることになった。


「砂漠で待機していた部隊には、指示を出した。そもそも、不信な人物がいれば問答無用で拘束するように命じているのだからな」

「こっちも、不審者が町に現れたら、どこかに情報が入るでしょうね。あとは………ここだけに『ドーラッシュの集い』がいるのか、いろんな場所に広がってるのか………とりあえず、『観測都市』の役割として、知らせないとね………みんなに」


 にっこりと、ククラーンの姉さんは、笑った。

 見た目は十七歳の少女であり、少女のように笑って………なにかを企んでいると、ギーネイたちは、嫌な予感しかしなかった。

 何をさせるつもりだと。


「旅立ちは突然――って言葉、知ってる?」


 知るわけもないと、ギーネイはもちろん、黙ったままのルータックも、頭を抱えておびえていたニキーレスも、頭を振る。

 決定権は存在しない、それだけは、かろうじて分かっていた。

 旅立ちが命じられたのだと、それも分かった。

 本当に、突然だった。


 その様子を、じっと見守っている瞳があった。


 その数は、二つ。


「おい、ワーゲナイ………俺たち、いったい誰に………“何”に、従ってたんだ?」

「………ドーラッシュの集いの、正当なる後継者………言葉通り、ドーラッシュなら」


 高度な技術により、神々と恐れた存在も、ただのバケモノに過ぎない、人間が世界の支配者となる時代が、やってくる。

 希望の未来を信じた、理想の社会を信じた若者達は、困っていた。


「合流………するか?」

「………どっちに?」


 この選択肢が、将来を決める。

 ワーゲナイの答えは――


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