第30話 とある、串焼き店にて


 ゲティアオオトカゲ。

 一応は毒トカゲに分類されているものの、口にしなければ無害であり、例え口にしてしまっても、命の危険はない程度の毒とされる。

 死ぬほど、まずいだけだ。

 尻尾から頭の先までの長さも、せいぜいが50センチメートルと、オオトカゲと言うには小さい部類に入る。森や湿地で荷運びに使う、全長3メートルのオオトカゲに比べれば、本当に小さく感じる。

 しかし、まずい。

 とにかく、えぐく、ぬばぬばという後味が、いつまでも残るのだ。香辛料を後口にしても、ぬぐえないまずさで有名だ。そのために、調理方法がいまだに確立していない、豊富な食材を目の前にして、人々は手をこまねいてきたのだ。

 今までは――


「………人間の力………侮っていたようだ」


 串焼きを手に、わなわなと振るえて、敗北を認めていた。

 今回の騒動で知り合った、おっさん青年の、魔人族だ。実年齢は、もしかすれば百歳近くかもしれない魔人族のリーダーである。

 そして、もしかすれば殺し合いに発展したかもしれない現場で、にらみ合った相手でもある。

 串焼き店にて、串焼きをかじっていた。

 魔法の力でけん制しあっていた、オレンジのショートヘアーのお姉さんと一緒に。


「………いるのよ、本物ってやつが………たまには」


 同じく、串焼きを一口かじって、ククラーンの姉さんがつぶやく。見た目は、十七歳の少女であるが、見た目にだまされてはならない。魔力を豊富に持つと、生きる時間も長くなるという、それは、魔人族と同じである。

 荒縄を首と腰にはべらせる、見た目は十七歳のお姉さんと、斧を足元に置いたおっさん青年は、しみじみと、ガジグミと、ゲティアオオトカゲの串焼きをかじっていた。

 事件は終わった。

 そして、旅立ちは、もうすぐだ。

 とりあえずの打ち合わせに、予算もさもしい両陣営の合意の下、とある串焼き店に集合していた。

 皿の上の串の数から、それなりに時間が経過しているとわかる。大きな議論は落ち着き、しみじみと、ガミグミと、串焼きの肉を味わっていた。

 これからの騒動を予感して、今は、静かに休みたいのだ。


「嵐の前の、静けさ………か」


 ギーネイが、ククラーンの姉さんのすぐ隣で串焼きをかじっていた。

 旅立ちが決定されたメンバーの一人だ。

 今回の騒動の中心となった、姿は鮮やかな赤毛に、金色の瞳の十五歳の少年であるサイルークだ。その中身は、過去の亡霊である青年、ギーネイである。

 百年前の敗北の中、未来に希望を託されて、生まれ変わったのだ。

 しかし、その未来の日々も、託された希望も、ギーネイの思っていたものではなかった。

 今回の事件は、世界を揺るがす騒動の始まりに過ぎない。それを、考えすぎだと笑えない理由を、ギーネイは目にしていた。過去の過ちを繰り返す勢力が、ギーネイの所属していた『ドーラッシュの集い』を名乗っていた、それだけではなかった。ギーネイは、遭遇していた、それこそが、すべての元凶という存在が、そこにいたのだ。

 ドーラッシュが、そこにいたのだ。

 間違いなく、ギーネイと同じ亡霊だ。いいや、何度もよみがえり、世界を混沌へ導こうとする怨霊だ。知らぬままに操られた人々が、過去にどれほどいただろう、ギーネイもまた、操られた一人だ。しかし、その真実に行き着いた人物は、少ないはずだ。

『ドーラッシュの集い』においては、ワーゲナイと言う、ギーネイの人生を狂わせた犯人であり、未来へ導いた恩人が気づいた。

 世界は、滅ぶ。

 このまま、何も知らせずに、何もしなかった場合の未来である。今の時代は、ギーネイが、最初に気付いた。

 そのために、ギーネイは旅立つことになったのだ。

 その、打ち合わせのはずなのだが………


「………なぁ、魔法使いって………貧乏なのか?」


 ギーネイの隣に座る、悪友ルータックが、ガジグミと硬い串焼きの肉を一口かじりながら、疑問を口にした。

 わずか十五歳の、本当に、事件に巻き込まれただけの少年だ。なにをすればいいのだと、半ばやけになってガミグミと、ただひたすら、ゲティアオオトカゲの串焼きをかじる。

 あるいはしゃがみこみ、あるいはあきらめて地べたに胡坐をかいている姿は、よく見かける、お疲れモードであった。


「全てはこれから………か」


 ギーネイは、ルータックの寂しい質問に答えることなく、新たに串焼きをほおばった。

 本当の敵である、ドーラッシュと対面した。何度も過去からよみがえり、もしかすると、世界を滅ぼした古代王国ダーストの時代の人物かもしれない。何度も、何度も過去からよみがえり、世界を滅ぼそうとする、怨霊。

 対決するには、どうすればいいか。

 勝利するには、どうすればいいか。

 考える材料が何もない、とても不安なギーネイであったが………ガミグミとかじる串焼きの歯ごたえが、ゲティアオオトカゲの肉との格闘が、全てをどうでもよくさせた。

 あまりに大きなことが重なりすぎた、考えが及ばなくなった、お手上げ状態である。

 一つだけ、ギーネイが判断できることもあるのだが………


「サイルークの旅立ち………説明しなきゃ。それに………」


 ギーネイが、サイルークの肉体を乗っ取った。

 その事実を知る者は、多くない。サイルークの家族にもだ。打ち明けるべきだと、ギーネイは迷ううちに、今も、打ち明けることができていない。

 騒動に巻き込まれた、そのため、なぜか王都へ行くことになった。串焼きを片手に決定した旅立ちは、伝えるしかない。

 ルータックと、今回の騒動の関係者でもある優等生だったニキーレスもまた、同じ説明を家族にすることになる。

 どのご家庭でも、あぁ、厄介だと思うしかない。

 魔法関係の決定は、領主どころか、国王でさえ大きく反対できない。場合によっては、報告や了承の必要なく、事を起こすことも出来る。

 そのようにして、人間と、それ以外の種族たちは安定した暮らしをしてきたのだから。

 その枠組みは、決定的な敵対を防ぐことに重きを置かれる。例え、人の命を脅かす事態であっても、安定が優先なのだ。

 優等生だったニキーレスは、固い肉を飲み込み、串焼きを見つめた。


「旅立てる………牢獄にいるはずの私は………」


 ニキーレスの処分も、本来ならば魔人族による裁きを受けるか、王国の法にのっとった裁きを受けさせるかと言う選択肢しかないが、保留となっている。

 子供がそそのかされ、武器をとってしまった。その結果は大きいが、罪に問えるほど、本人に自覚があったのか。

 表向きは、罪を問うべきか保留となっている。

 だが、過去の怨霊であるドーラッシュの、今の姿を知る一人と言うことが、大きい。

 ドーラッシュの集いの関係者と言うだけで、こちらにいてほしいわけだ。

 自由なる未来は与えられなくとも、功績があれば、多少は明るくなる。そんなエサよりも、優等生だったニキーレスには戦う理由があった。


「ギーネイ殿のおかげで、牢獄ではなく、罪を償う旅に出ることが出来る。世界を滅ぼす手伝いをした私が、その罪をあがなうことが出来るとは………」


 浸っていた。

 それはもう、信じやすい性格というか、大きな混乱のあと、なにかすがりつくものが必要だったのか………理想主義のワーゲナイ先生の理想に憧れた優等生は、世界を守る英雄の従者になった気分であった。

 ギーネイには迷惑だが、優秀な学生に違いなく、敵に与える影響も少しは期待している。また、同じように操られた人物を見分けることも、少しは期待している。

 理想と言う熱に浮かされた瞳は、一度冷静になれば、あぁ、こういう瞳だと気付くのだ。

 戦いの熱に浮かされていた魔人族の皆様は、新たな熱に浮かされていた。


「ゲティアオオトカゲ………我ら魔人族が、今まで手を出せなかった食材が、ここに………おい、持ち帰りで二十本ばかり注文しろ。急ぎ、我らが職人どもに食わせるのだっ」

「作り方を教えてもらうように、交渉をすればいいのでは――」

「ばかやろう、人間どもに出来て、我らが出来なかったのだ。その上、教えを請うようなまねができるかっ」


 人間に負けたくない。

 その気持ちは何事に関しても抱くらしい、それが串焼きの一本であってもだ。ここに、自分達があきらめていたゲティアオオトカゲを食べられなくはないレベルに引き上げた職人がいるのだ。

 負けられない。

 世界を混乱に陥れるかもしれない事態を前に、彼らは熱く、ゲティアオオトカゲについて、語り合っていた。


 その奥の厨房では、学園祭ではライバルだった少年と、少年にひざを屈した燻製店のオーナーが、肩を並べて、ゲティアオオトカゲをさばいていた。

 ゲティアオオトカゲの道は、始まったばかりだと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生まれ変わった、世界にて 柿咲三造 @turezure-kakizaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ